(DIEDO)2M(mnt)2

 

東工大 榎研時代の一番のヒット作[1-2],なんですかねえ.引用回数から見ると.
榎研時代は,主に磁性錯体を含んだ有機導体の研究を行っていました. これらの系では,有機分子上を流れる導電性のπ電子と錯体上の局在磁性d電子が相互作用 する(こともある)ために,伝導現象と磁性現象が密接に関連した物性が発現します.

*例えば磁場で抵抗が減少する負の磁気抵抗[3-4],磁場誘起絶縁体-金属転移[5],磁場誘起超伝導[6]などです.

いわば,無機化合物系で言うところのs-d系のアナロジーでして,分子デバイスなどへの利用を考えると 流行のSpintronicsなどとも関連して面白い分野です. ・・・が,これらπ-d系,s-d系に比べ相互作用が非常に弱い.どのぐらい弱いかというと, s-d系では室温以上でも導電性のs電子と磁性d電子の相互作用による現象が現れるのに, π-d系では普通数K程度の低温でしか表れないほどです. まあこれは仕方の無い面もあって,s-d系ではs電子とd電子は同じ原子上に存在しますから, 距離も近けりゃ相互作用も強い. これに対してπ-d系においては原子どころか分子も違う.これでは相互作用が弱いのも 仕方が無いというものです.
だからといって弱いまま放っておいたのでは応用なんて何十年経っても無理ですから,やはりここは 何とか相互作用を強くしたい.そこで注目したのがハロゲン化TTF系ドナーと,そこへ配位可能な磁性アニオンの組み合わせです. ハロゲン化TTF系ドナーは下図の様に,TTF骨格に直接ハロゲン原子(Cl,Br,I)が結合したものです.

このドナー分子,ハロゲン上には伝導に寄与するHOMOがほとんどありませんので,伝導には ハロゲン原子はあまり寄与しません.しかしながらLUMOは非常に大きな係数がハロゲン上にあり, ここに対アニオンのハロゲン原子なりシアノ基なりの非共有電子対が配位することで, ドナー-磁性アニオン間に引力が働き,結果として両分子間の距離を縮める(=π電子と d電子の距離も近づき,相互作用が強くなる)事が期待されます.

*両者の間に引力が働くのは,C-X結合の分極による双極子モーメントによるのではないか, とか,細かな機構については実際には諸説あります.

このハロゲン化ドナーの一つとしてDIEDO(供給元の都立大伊与田研の流儀で言えばEDO-TTFI2) を使用.対する磁性アニオンとしてはM(mnt)2-を使用しました. このアニオンは1次元状になった際によく強磁性相互作用を示すことが知られています.[7-9] また,もし積み重ならずドナー方向に分子平面を向けてくれれば,その広がったπ軌道で さらに大きな相互作用が出るかも,というのも期待していました(そうはなりませんでしたが).

さて,それでは得られた結晶の構造を示します. うまくいったのはM = Ni,Ptの二つ.Coも同形の結晶は出来たのですが,非常に結晶性が悪く断念. Auは酸化還元電位の関係か結晶そのものが得られず,Feはdimer化しやすいという点が問題となり やはりきれいな結晶は得られませんでした. 結晶構造は下図に示すように非常に単純で,ドナー,アニオンそれぞれの1次元鎖が紙面垂直方向に伸び, それらがドナー-ドナー-アニオンの順に交互に並んだ平面を作っています.

さてこの物質,ドナー:アニオンが2:1(ドナーは+1/2価)であり,ドナーが重なりよく 1次元鎖を作っているため1次元金属であることが期待されます.また,アニオンはちょっとずれた 重なりで1次元鎖を構築しており,このずれにより(アニオン間の距離は近いにもかかわらず) アニオン間のSOMOの重なりがほとんどなく,強磁性相互作用が働くことが期待されます[10-11]. というわけで実際に磁化率を測ってやりますと,下図のようにきれいに1次元強磁性の系として 振舞っているのがわかるかと思います.

ただ,NiとPtではその異方性が違います.Niではほとんど異方性がありませんが,Ptでは非常に 強く1軸異方性が出ており,Isingスピンとして扱えます. この差はおそらく,Niでは結合により軌道角運動量が消失しているのに,Ptでは重原子なだけ あって若干の軌道角運動量が残り,これがスピンと結合しているのではないか,という気がします. Pt塩ではこの異方性のため,非常に弱い鎖間相互作用(-0.05K程度で鎖内のおよそ1/400) が協調的に効いてきて,およそ6Kでメタ磁性体へと転移しています.

一方伝導度ですが,こちらは構造において鎖間にはアニオン鎖が挟まっており非常に1次元性が 強いことから予想される通り,途中の温度で金属-絶縁体転移を起こしています.

まあこれにより,この系はおそらく最初の「アニオン間の強い強磁性相互作用」と「ドナーの金属伝導」 の共存する系,となったわけです. ・・・でも直後に「金属伝導と強磁性が共存する系」(強磁性になり,その温度で金属伝導を示す)[12]が出てきたんでいまいちこう,なんというかタイミングが悪いというか.

ああ,そうそう.肝心のπ-d間の相互作用ですが,室温でのESRの結果ではπとdのシグナルが 両者の相互作用により一体となり,単一のピークとして観測されています. このことから両者の間には相互作用がある事はわかるのですが,その強さ等は謎です. 本当は磁気転移以下の温度まで金属状態が生き残っていれば磁気抵抗などで見てやれたんでしょうが, 思っていた以上に1次元になってしまったもので,どうにもなりませんでした.

[1] J. Nishijo et al., Solid State Commun., 2000, 116, 661.
[2] J. Nishijo et al., Synth. Met., 2003, 133-134, 539.
[3] N. Hanasaki et al., Phys. Rev. B, 2000, 62, 5839.
[4] K. Enomoto et al., Bull. Chem. Soc. Jpn., 2001, 74, 459.
[5] H. Kobayashi, et al., Chem. Soc. Rev., 2000, 29, 325.
[6] A. Uji et al., Nature, 2001, 410, 908.
[7] M. Uruichi et al., J. Mater. Chem., 1998, 8, 141.
[8] M. L. Allan et al., Synth. Met., 1993, 55-57, 3317.
[9] A. T. Coomber, et al., Nature, 1996, 380, 144.
[10] M. Verdaguer, Polyhedron, 2001, 20, 1115.
[11] H. M. McConnell, J. Chem. Phys., 1963, 39, 1910.
[12] E. Coronado et al., Nature, 2000, 408, 447.