この元素サンプルは,リンの単体の一つである赤リンの粉末をペレット状に固め,ガラスに封入したものになります.リンは,発見者と発見年が記録に残っているものの中では最も古く発見された元素であり(もっと古くに見つかっている元素もあるが,それらは古すぎていつだれが見つけたのかがわからない),1669年にブラントという名の錬金術師が単離に成功しました.彼が単離に成功した白リンは空気中で酸化される際にわずかに光を放ちます.このため保存されているリンは暗闇でうっすらと光り,ブラントはこの様子からこの元素を光(phot)をもたらす(pherein)物質,ということでphosphorusと名付けました.
リンはいくつかの同素体が知られており,最初に単離された白リン(黄リン)は4つのリン原子が四面体状に結合した分子ですが,結合角が60度と最も安定な109度からかけ離れており,非常に反応性が高く毒性の強い分子です.初期のマッチには摩擦熱程度の低い温度でも発火する白リンが用いられていましたが,製造現場での中毒や,夏場などにポケットに入れていたマッチから白リンが溶けだして使用者に中毒を引き起こすなど問題が多発しました.
白リンを密閉容器中などで酸素を断って加熱すると,白リンの持つ歪んだ結合が切れて各所で繋がり,不定形のポリマー状の物質である赤リンに変化します.赤リンは毒性が低く,融点や発火点も白リンより高く安全性の高い物質であり,マッチの側薬(マッチ箱の側面に貼られている,赤茶けた成分)として使用されています.マッチを擦るとこの赤リンが摩擦熱で発火し,それがマッチ棒の先端に燃え移ることで火が付きます(まあ,最近はマッチ自体ほとんど見なくなりましたが……).リンにはほかにも黒リンや紫リンなどの導電性の同素体や,もっと複雑な分子状の同素体,単原子層状の同素体なども見つかっています.
リンは生物にとって非常に重要な元素です.特にリン酸エステルの形で多くの分子に含まれており,例えばリン脂質として細胞膜を形成したり,RNAやDNAにおいて核酸塩基同士をつなぐジョイントとしてはたらいたり,ATPとして細胞内での化学エネルギーの貯蔵に使われたりと,実にさまざまな部分で利用されています.また無機塩としても,歯や骨の主成分であるハイドロキシアパタイトとしても使用されているのは有名です.その一方で,リン酸イオン(PO43−)は−3価と大きな負の電荷を持つため,正の電荷を持つ様々な金属イオンと強く結合し,溶解度の低い塩を形成します.このため土壌中のリンは植物などが非常に利用しにくい形で安定化してしまっており,「生物が多量に使うのに,なかなか手に入れにくい元素」となっています.このため,植物がなかなか手に入れられないリンを肥料として与えてやると,農作物の収量が驚くほど増加します(※リンは,窒素とカリウムと合わせ肥料の三要素とされている).
肥料として重要なリンですが,これまでに多量に使用された結果,高品位の鉱石(高い濃度でリンを含み,有害不純物の含有量が低い鉱石)は徐々に枯渇してきており,このまま手を打たなければ今後数十年のうちに致命的なレベルでの価格高騰が起こる危険があります(※例えばアメリカは,すでにリン鉱石の輸出を停止し,国内利用に限っています).日本を筆頭に,アジア各国では肥料を無駄に多量に使用する国が多く,有限な資源を有効に活用するという観点では非常に大きな問題を抱えています.今後は「適量を,適切なタイミングで投入する」など使用法の改善も求められてくることでしょう.
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