この元素サンプルは,バナジウムの単体である金属バナジウムの多結晶体です.元素としてのバナジウムの存在は1801年以降何度かなされましたが,クロムと誤判定されたりといった紆余曲折を辿り,新元素と広く認められるようになるのはスウェーデンのセフストレームにより塩化バナジウムとして精製された1830年のこととなります.彼はこの美しい色合いの元素を,北欧神話の美の女神フレイヤの別名のひとつVanadisにちなみVanadiumと名付けました.バナジウムの単体は1867年,イギリスのロスコにより成し遂げられました.
バナジウムは単体で利用されることはほとんどなく,合金として添加されることの多い元素です.もともとバナジウム自体,さまざまなものと化合物などを作りやすく,例えばバナジウムそのものの鉱床はほとんど存在しません.現在のバナジウム生産はその多くが他の元素とともに含まれる鉱石からの副産物として得られており,例えばウラン鉱や一部の磁鉄鉱(バナジウムチタン磁鉄鉱)などの採掘に伴い生産されています.また,硫黄分の多い原油などに含まれていることも多いそうです.
精製されたバナジウムは,そのほとんどの量が鉄との合金として使用されています.バナジウムを添加することで鋼鉄は靭性や耐熱性,耐摩耗性が向上するとともに,加工性も上がることが知られています.これは,バナジウムが鋼鉄中の炭素と結合し炭化バナジウムを生成することに由来するようです.このため高張力鋼(ハイテン鋼)などとして石油タンクや各種パイプライン,自動車のボディや建造物の構造材,建設機器や橋梁,身近なところではドライバーやレンチなどの工具まで,非常に幅広くバナジウム合金が利用されています.鉄合金として利用する際には,バナジウム以外にもいくつかの金属が同時に添加され,例えばクロムバナジウム鋼やモリブデンバナジウム鋼などとして使用されます.
バナジウムはまた,化学工業における触媒としても有名です.例えば硫酸の製造では,硫黄を酸化する際の触媒として使用されており,高校化学の教科書にも記載されています.ほかにも様々な有機化学反応での酸化触媒やルイス酸触媒としての使用が行われており,有機合成に欠かせない元素のひとつです.
その他の用途としては,レドックスフロー電池という,溶液中での物質の酸化・還元を利用した電池でよく使用されています.レドックスフロー電池は溶液タンクの容量さえ増やせば蓄電容量を増やせる電池であり,比較的大容量の電池が作りやすいものでもあるため,出力が不安定な風力発電所や太陽光発電所の安定化のために,巨大なレドックスフロー電池が併設されています.
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