このサンプルは,インジウムの単体である金属インジウムです.インジウムはドイツの化学者師弟であるライヒとリヒターにより1863年に発見されました.彼らはタリウムの研究を行うため,タリウムが含まれていると思われる亜鉛鉱石の精製を行った結果,未知の物質(※インジウムの硫化物)を発見,発光のスペクトルから新元素を含むことを発見します.その後彼らはこの硫化物を還元し,金属インジウムの単離にも成功しています.インジウム(Indium)という元素名は,この元素の発光スペクトルの示す明るい藍(ギリシャ語のIndikon,もしくはラテン語のIndicum)に由来します.
インジウムは見た目は周期表で上に位置するアルミニウムに似ていますが,その性質はむしろ周期表で右に位置するスズによく似た元素です.例えば融点は160 ℃弱程度とかなり低く(※スズはおよそ230 ℃),スズと同様にやわらかい金属であるため,インジウムの棒なども手で簡単に曲げることができます.また金属インジウムを曲げると結晶構造の組み換えが起こる際にパキパキというような小さな音がしますが,これもスズの同種の現象(スズ鳴き)と似ていると言えるでしょう.
インジウムの存在量はかなり少ないのですが,その多くは亜鉛鉱中の不純物として含まれており,大量に生産されている亜鉛精錬時に分離された不純物を酸に溶かし化学的に精製,電解精錬をすることで金属インジウムが生産されています.北海道の豊羽鉱山はかつて世界生産量の30%を占める世界最大のインジウム産出量を誇っていましたが,浅い部分の鉱床を掘りつくした結果現在では採掘が停止しています(※鉱床が深部に向けて伸びており,これ以上掘るには地熱で高温になる深部に掘り進める必要があり低コストでの採掘が不可能であるため).
インジウム最大の用途は,なんといっても透明電極でしょう.ITO(Indiumu-Tin-Oxide)と呼ばれる酸化物は透明でありながらも高い電気伝導性を示すことから,液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどの透明電極として使用されています.これらのディスプレイでは液晶部分や発光部位を電極で挟み込む必要がありますが,通常の金属電極などは光を通さないためディスプレイの光をさえぎってしまいます.これに対しITO電極は透明であるため,我々が目にするディスプレイ表面側にこの電極を使っても画面の光を遮らず,ディスプレイとして使用することが可能になります.
インジウムのその他の用途としては,半導体素子を作成する際のドープ剤や,低融点を活かしてのハンダやヒューズ,低融点&やわらかいという特性を活かした異種金属の接合や,太陽電池に利用されるCIGS(Cu-In-Ga-Sからなる化合物)などが挙げられます.またインジウムの柔らかさ・滑らかさを活かす用途としては,ベアリング球の表面にインジウムを擦りつけることで表面をコーティングし摩擦を減らす,といった利用もされています.
変わったところでは,物理などの極低温実験における真空シール材としての利用があります.インジウムを加熱し細い穴から引き出すと,非常に柔軟なひものようなものを作ることができます.これを切ってリング状にし,真空にする装置の接合部にセットして押しつぶすと,インジウムがつぶれて隙間をぴっちりと埋め,何も通さないシール材として利用することができます.液体ヘリウムが超流動状態(※摩擦がなくなり,どんな小さな隙間からも入り込めるようになってしまう状態.超伝導の液体版)になるような低温実験では,容器に原子レベルの小さなものでも隙間があるとそこから超流動ヘリウムが侵入してしまいます.これを防ぐために,やわらかく潰れて隙間をきっちりと塞いでくれるインジウムが活躍しています.
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