最近読んだ論文

 

40. 自励振動式バイオセンサー

"A sensing array of radically coupled genetic ‘biopixels’"
A. Prindle et al., Nature, 481, 39-44 (2012).

今回著者らが報告しているのは,タイムドメインでの応答を利用することで検出を容易にするとともに,マクロなスケールでの応答とすることで検出器も安価なものが利用できる(顕微鏡などが不要)というバイオセンサーである.

実際のセンサーの構造は,大腸菌が住む多くの「部屋」を横に持つマイクロ流路チップである.今回の肝となるのはこの大腸菌が住んでいる部屋の外壁の部分で,ここがガス透過性のプラスチックで作られている.流路を流れる分析対象や,部屋に住んでいる大腸菌はこの内側に保持されるが,大腸菌が代謝により生み出す様々な揮発性のシグナル伝達物質は部屋の外壁を透過,外側の広い空間を通って別の部屋の大腸菌とコミュニケーションがとれるわけだ.なお,「マイクロ流路内で伝達物質が流れるからガス透過なんて面倒な事しなくても良いじゃないか」ってのは,流路内を流さないといけない水の量が多く希釈されてしまうためうまくいかないらしい.

さて,この部屋に住ませる大腸菌である.こいつらにはまず,luxIとallAという遺伝子が組み込まれている.細かい点は省くが,このペアから発現するタンパクは,濃度が上がるとこのペアの発現を抑制する方向に働く.これにより,遺伝子が発現→タンパクが増加→発現停止→タンパクが減少→遺伝子が発現,という,自励振動が発生する.いわば,水晶振動子のバイオケミカル版の様なものである.
これと同時に,このオシレーター系とカップルするもう一つの系として,ndhとこれに連動したsfGFPが組み込まれている.ndhは,前述のluxI-allAにより生み出されるタンパクにより同じように調節される.つまり,luxI-allAオシレータに同期して発現する.このndhは発現すると過酸化水素を生み出すが,こいつはluxI-allA系のタンパクと同じように,luxI-allAをサプレスする.つまり,

luxI-allAが発現→ndhとluxI-allAをサプレス(振動)
ndhが発現→luxI-allAをサプレス(振動を増強)

というわけだ.互いにロックし合うことで,luxI-allAのオシレーターとndhは同期して振動することになる.さて,ここでポイントになるのが,ndhが作る過酸化水素はガスとして壁面を透過していくことが出来るため,近隣の別の部屋に住んでいる大腸菌の集団に対してもluxI-allAをサプレスする効果が発生する点だ.別々の部屋の間に相関がなければ,それぞれの大腸菌集団のluxI-allAオシレーターは互いに無関係な周期で振動する.しかし今回の場合,オシレータ間に過酸化水素を介したカップリングが生じるため,次第に同期して全体が同じ周期で振動するようになる.このあたり,電子回路における発振の同期と似たような感じでもある.
さて,ndhが周期的に発現すると,それにくっついているsfGFPも同じく周期的に発現する.こいつは蛍光タンパクを作るわけだから,マイクロ流路チップの全ての部屋に住む大腸菌は同期して蛍光タンパクを生産する事となる.このタンパク自体は寿命がそんなに長くないため,励起光を当ててモニタリングしておくと,マイクロ流路チップ(の中の大腸菌が住んでいる部屋)全体が一定の周期で明滅を繰り返す事となる.

さて,いよいよ毒素の検出である.今回は,例として砒素の検出が行われている.検出手段は二通り提示されている.
まず一つ目は,前述のluxI-allAオシレータを始動させるのに必要なluxRという遺伝子部分を,砒素が居たときにだけ発現される遺伝子にくっつけておく(大腸菌等には,このような特定の毒素に応答する遺伝子の部位が多数知られている).すると,砒素が居ないときにはluxR(=luxI-allAオシレータを駆動させるための必要条件)が発現しないため,連動しているndh-sfGFP系も発現せず蛍光は生じない.砒素がある閾値を超えるとluxRが発現,これによりluxI-allAオシレータが起動,連動しているndh-sfGFPも駆動され蛍光タンパクが発生し明滅を開始する.つまり,砒素が閾値を超えているかどうかが,明滅が起こるかどうかで判断できるようになる.

二つ目の検出方法は,砒素により駆動される部分にもluxIを組み込んでおくというものである.砒素があると,オシレータである本来のluxI-allAに加え,余剰のluxI(こちらは砒素に連動)が駆動される.するとluxIの活動をサプレスするタンパクが余剰に生じてくるため,オシレータのluxIが次に発現するのが遅くなる.このため,オシレータの周期が遅くなる.砒素が多ければ多いほどluxI由来のタンパクが余剰に生産されることから,周期はどんどん遅くなる.つまり,明滅の周期の測定から,砒素の濃度の定量が可能になるわけだ.周期というのは発光強度の絶対値と違って測定が容易である.また,マイクロ流路チップ全体というセンチメートルスケールで発光が同期していることから,その検出も例えば通常のCCDカメラで捉えることが出来る(極端な話,目視でも可能である).

著者らはこれら二つの手法で,とりあえず「途上国向けの,この濃度以下ならまあ健康に害はないレベル」という基準以下の砒素を検出できることをデモンストレーションしている.コンパクトな装置で比較的簡便に検出できるというのはまあ確かに利点になる.

タイムドメインの変化の検出に焼き直してやって見やすくする,というのはなかなか面白い.著者らが述べているように,大腸菌などでは様々な物質に応答する遺伝子が知られているので,それらの組み合わせで様々な検出系が容易に作成できる点も良し.(2012.1.5)

 

39. 高出力可能な亜鉛-マンガン二次電池

"Energetic Zinc Ion Chemistry: The Rechargeable Zinc Ion Battery"
C. Xu, B. Li, H. Du and F. Kang, Angew. Chem. Int. Ed., in press.

電池の開発にはいくつかの方向がある.一つは大容量を求める方向で,使用時間を延ばすというものだ.こちらに関しては現在ほぼLiイオン電池の独壇場であり,一部に価数の大きいイオン(例えばMg2+やAl3+など)を使うことで容量をもっと増やそうという動きはあるものの,当分はLiイオン電池の優位は揺るがないと思われる.
その一方,これとは異なる方向の研究として,大出力を求めるものや低コストを指向したものがある.大出力というのは,要は短時間に電流を一気に出力(および蓄積)できるような用途で,例えば回生ブレーキなどに向いている.Liイオン電池においても,電極の材質や構造を工夫することで出力を増やしたものは存在するが,ほぼ全てのLiイオン電池電極は充放電過程において結晶構造の変化を伴うため速度が遅く,大出力という意味ではスーパーキャパシタなどに一日の長がある(ただし容量は低い).一方の低コスト,という面でもLiイオン電池は不利であり,Li資源が限られていること(海中などにも多量に含まれるなど量自体は多いが,コスト的に見合うLi源に限るとそれほど多くない),また電極に使う材料が高コストなものも多い事が足枷となる.
今回報告されているのは,ありふれた原料であるマンガンと亜鉛を用い,現在のいわゆるマンガンおよびアルカリマンガン乾電池を上回る容量と,非常に高速な充放電性能を実現した二次電池である.

用いているのは,電極として金属亜鉛とMnO2を用いた電池である.これは通常のマンガン乾電池などに近いが,α-MnO2と呼ばれる結晶構造のMnO2を用いている点と,電解液にZnSO4やZnNO3といった,腐食性の少ないマイルドなものを用いている点が特徴となる.
α-MnO2はホランダイトとも呼ばれるものであり,特徴としては八面体型のマンガン酸化物のユニットが壁となった,1軸方向にずっと続いたトンネル状構造を持っていることが挙げられる.

このトンネルにはイオンが一列に入っていくことが可能であり,今回の電池では電極の亜鉛から生じたZn2+がトンネルに入ったり出たりすることで充放電を行う.この充放電過程,トンネルにイオンが入ったり出たりするだけで構造変化を伴わないことから,高速な充放電が期待できる.一方対極の亜鉛に関しても,単に溶けたり析出したりするだけなので,構造変化による速度の低下はほぼ関係がない.
この二つの電極で電池を構成すると,起電力はほぼ1.5Vと現在の乾電池系とほぼ同じ電位が実現される.充放電では,例えば0.5C,つまり2時間かけて充電,2時間かけて放電というゆっくりとした速度では既存のアルカリマンガン電池系の2倍弱,現在のニッケル水素電池の容量をやや下回る程度の容量が実現され,容量面もなかなかなものがある.そして高出力性能であるが,126C,つまり28秒で充電,28秒で放電という大出力条件下でも使用可能であった.まあもちろん高速充放電を行うと容量が減り(これは一般的な傾向),通常のアルカリマンガン電池系の半分程度の容量になる(通常の電池の半分の容量を,28秒で充電したり,28秒で放電しきったり出来る).通常の電池と同程度の容量で良ければ,おおよそ5-6C程度(10分強程度で充電や放電が可能)まで可能となる.

この手の電池はリチウムイオン電池に比べるとやや地味になってしまうのだが,それでも高速充放電が可能,低コストな材料で構築されている,環境負荷の少ない材料である,など,見るべきところの多い電池である.(2011.12.15)

 

38. 摩擦,その起源

"Frictional ageing from interfacial bonding and the origins of rate and state friction"
Q. Li, T.E. Tullis, D. Goldsby and R.W. Carpick, Nature, 480, 233-236 (2011).

摩擦は身近な現象かつ工学的にも重要なファクターであり,原子レベルから巨大な岩盤間の摩擦に至るまで多くの法則が共通して成り立っていることが知られている.しかしその一方,その微視的な起源に関しては未だに詳しくはわかっておらず,多くの研究が行われている分野でもある.さて今回の実験が主に取り扱っているのは,静止摩擦係数の時間依存性である.実は静止摩擦係数は二体の接触時間とともに増大し,その増大のしかたが時間の対数に線形であることが知られている.つまり,接触させてから1秒経過したときの静止摩擦係数をa,10秒経ったときをa+Δとすると,100秒後や1000秒後の静止摩擦係数はa+2Δやa+3Δとなるわけだ.通常,これは以下のようなメカニズムで説明される.

  • 面同士が接していても,実は二つの界面は表面の粗さのためごく少数の限られた点でのみ接していると考えられる(この点をアスペリティと呼ぶ).少数の点でバルクの荷重を支えるため,局所的には非常に高い圧力で圧縮される事となる.
  • この圧縮圧力が塑性変形の限界を超えると,アスペリティ部分はわずかに潰れ,二つの面は少し接近する.すると新たに接触する点が発生し,アスペリティの個数が増えるとともに,個々のアスペリティにかかる圧力は減少する.例えば10個のアスペリティで荷重を支えていたものが,15個で支えるようになれば,個々の点では2/3の力で済む.このアスペリティの個数の増加は,アスペリティにかかる圧力が塑性変形をしない点まで低下したところで終了する.このため,個々のアスペリティにかかっている力は常に一定(=塑性変形する直前の量)であり,アスペリティ1つあたりの摩擦の大きさはほぼ等しくなる.摩擦は「個々のアスペリティの摩擦力」と「アスペリティの総数」の積となるが,荷重が倍になると(塑性変形圧力という局所的には一定の圧力で,倍の荷重を支えるために)アスペリティが倍の個数生じ,摩擦も倍になる.これは経験則を満たす.
  • しかしこの塑性変形にはある程度の時間がかかる.原子位置の変位を伴う変形は熱活性化型の運動と捉えることが出来るが,これは指数関数的なだらだらとした減衰で表すことが出来る.つまり,荷重が増えた瞬間に動きやすい多くの部分が塑性変形しアスペリティの増加(=摩擦の増加)をもたらすが,動きにくい部分はゆっくりとしか動かず,この部分の時間がかかる変形こそが静止摩擦係数の接触時間依存性をもたらしている.

というものである.このモデルは様々な実験から支持されており,比較的摩擦の標準的な理論となっているものだ.しかしながらまだ確定したものではなく,それなりに反論もある.
今回の論文はまさにその反論の一つであり,静止摩擦係数の時間の対数に依存した増大が,AFM探針という単一アスペリティの系でも観測された,というものである.

どのような実験を行ったかというと,これは非常に単純で,シリカの表面に,同じくシリカで出来たAFM探針を接触させる.シリカを用いているのは,地震などの岩盤レベルでの摩擦に関する知見を得るため,というのもあると思われる(岩盤の主成分はシリカ系の鉱物).ここに一定の荷重をかけ,適当な時間経ってからAFM探針を横に引きずり,探針が摩擦でどの程度ねじれるかを見たわけだ.摩擦が大きければ,結構大きくねじれるまで探針の位置は変わらない.一方摩擦が小さければ,ちょっとねじれた後すぐに探針が動いてしまい,ねじれは迅速に解消する.
このようなセッティングで実験を行うと,バルクの系で見られるものと同じ,時間が経てば経つほど静止摩擦係数は大きくなり,さらにその増え方が時間の対数に線形,という挙動がはっきりと確認された. AFM探針の先端と基板との接点はナノサイズの非常に微細な接点であるから,この場合アスペリティ数の増大は見込めない.そのような系でも対数的な時間依存が見られたと言うことは,静止摩擦係数の増大の原因はアスペリティ数の増加(今回はこれは起こらない)ではなく,個々のアスペリティにおける摩擦力の増大に由来していることを意味している.

では,この静止摩擦力の増加は何に起因するのか?
実は,静止摩擦係数の増大を説明する理論には,前述の標準的な説明以外にも,個々のアスペリティにおいて接している相手と徐々に化学結合を作ることにより摩擦が増えているのだ,というものも存在する.特に岩石などでは湿度が低いと静止摩擦係数の増大が小さいことから,シリカ-水-シリカといった結合を生じているのではないか?との説があるわけだ.
そこで著者らはこの仮説に基づき,AFM探針を違う材質で作成したもので比較実験を行った.使ったのは,ダイヤモンド製の探針と,グラファイト製の探針である.ダイヤモンドは表面が水素終端されており,水との反応性は低い.グラファイトはそれにさらに輪をかけて水との親和性が低い.これらの探針で同じ実験を試みたところ,静止摩擦係数の増大は,ダイヤモンドではごくわずかにあるか無いか微妙なレベル,グラファイトはまず間違いなく存在しないことが判明した.ここから,シリカ探針-シリカ基板における接触時間に依存した摩擦の増大は,両者の間に水分子が入り込み水素結合やSi-O-Si結合を構築,この結合によって強く結びつけられることが原因であると推測される.実際の岩盤でも,例えばプレート同士の接触面で,岩石間に化学結合(か,水素結合)がじわじわと生じて,だんだんと凝着していっている,という可能性が高まる.

摩擦は非常に複雑な現象であり,この実験一つからすぐ決着が付くようなものではないが,いろいろと面白い結果ではある.いつの日か摩擦現象が完全に解明される日は来るのであろうか.(2011.12.9)

 

37. 外部に影響を与えない磁場遮蔽材

"DC Magnetic Cloak"
S. Narayana and Y. Sato, Adv. Mater., in press (2011).

著者らが報告しているのは,「周囲の磁場をゆがめずに,内部を磁気的に遮蔽する構造」である.元々理論的にはどんな素材なら良いのかは提案されていたらしい.その内容は,「ある方向に磁場がかかると反磁性で,それと直交する方向の磁場には透磁率の高い材料」である.当たり前であるが,通常はそんな材料は存在しない.そこで今流行のマイクロサイズの複合材料の出番となる.
実際の構造はある意味非常に素直なものとなっている.まず,ポリイミドのフィルムを用意する.この片側に,小さな正方形状の鉛(これは極低温で超伝導相に転移する)の薄板をタイルのように隙間を空けて貼り付けていく(実際には,そういう構造になるように蒸着する).そしてその裏側に,高透磁率の材料(パーマロイ)を蒸着する.これが基本構造となるが,実際には鉛の正方形のサイズを変えたレイヤーをいくつも作り,貼り合わせている.
さて,このシートに垂直に磁場がかかったとする.すると鉛は超伝導であるから,この磁場はシートから弾き出される.その一方で,シート面内に磁場をかけると,蒸着されているパーマロイが磁場を良く通し,シート形状に沿って内部を磁束が通っていく.この異方性が,理論的に要求される特性と一致するわけである.

このシートをくるっと丸めて筒状にし,実際に磁場中に置いてやる.すると,外部磁場はほどほどに超伝導体によって反発されながらも,タイル状の鉛の隙間から内部に浸透し,そこで透磁率の高いパーマロイの層にトラップされそのままパーマロイ部分を通って裏側に抜ける.この円筒のごく近傍で磁場を測定してやると,円筒がない場合と全く同じ磁場が検出された.つまり,この円筒を置いた事による外部磁場の変形は無いわけだ.一方,円筒内では(鉛の超伝導が磁場で壊れるまでは)磁場が検出されず,外部磁場の遮蔽に成功していることもわかる.

「磁場中で,外部磁場を変形させずに磁場を遮蔽したい」なんてのはかなりニッチな領域であり,これが幅広く応用されるなんて事は(多分)無いんじゃないかと思うが,特殊な測定などの基礎研究部分では意外に使い道はありそうな気がする.結構面白い材料になるかも知れない.(2011.11.25)

 

36. 金属水素

"Conductive dense hydrogen"
M.I. Eremets and I.A. Troyan, Nature Mater., in press (2011).

今回報告されているのは,ダイヤモンドアンビルセルを用い,室温,200-300 GPaの領域で分光的測定と伝導度の測定を行った結果から,水素の金属化がついに成された,というものである.ダイヤモンドアンビルを用いて水素に圧力を印加する場合,通常は低温での実験が行われる.これは室温などの高い温度で超高圧を印加すると,水素原子がダイヤモンド内に浸透・拡散していき,水素脆化によりダイヤモンドアンビルセルが割れてしまうためだ.その一方で,金属化を狙う場合は温度は高い方が良い.温度が低いと対称性の低い方へと転移しやすく,二量化(水素原子の場合は分子化)などが起こりやすくなるためだ.
そこで今回の実験では著者らは,ダイヤモンドアンビルセルの表面(水素に触れる側)にアルミナ(最表面の絶縁層)/Au(水素を通しにくい)/銅(ダイヤモンドとの接合)という3層コートを行うことでダイヤモンドへの水素の浸透を防止,室温における実験を可能にしている.なお,各層は十分薄く作られており,RamanやIRといった分光測定が可能である.

実験結果であるが,まず分光から見ていこう.水素の分子内振動をRamanで測定すると,およそ200 GPaあたりから急速にピーク位置が低波数側(=結合が弱い側)にシフトし,同時にピークが非常にブロードになる.そしてこれとほぼ同時,220 GPa以降で水素の黒化が始まる.これは理論計算と組み合わせて考えると,低圧側とは別の結晶構造への転位だと考えられる.黒化から予想される通り,このあたりでバンドギャップは2 eVとなり,そのぐらいの強さのレーザーを当ててキャリアを励起してやると抵抗が減少する光伝導性が観測される.

さらに圧力を印加するとバンドギャップは小さくなり続け,240 GPaあたりで抵抗が急激に1桁ほど小さくなる.これはこの段階でバンドギャップ幅が室温のエネルギーとほぼ等しくなり,熱励起により十分なキャリアが励起されていることに対応する.このバンドギャップの減少率をそのまま延長すると,おおよそ250-260 GPaあたりでバンドギャップがゼロになることが予想される.
実際にそのあたりの圧力を印加するとどうなるか?圧力が270 GPaあたりに達したところで抵抗が今度は3桁以上低下するという急激な変化が確認された.同時に,光励起による伝導度の向上が観測されなくなる.これはバンドギャップが消失し,「光を当てる事でバンドギャップを超えたキャリアが励起され,伝導が増大する」というものが起こらなくなったことを意味しており,こちらも金属化を示唆している.また同時に,Ramanでモニタしていた水素の分子内振動が消失し,かわりに反射が生じる.これは水素分子という区分けが無くなり,かわりに金属化することで顕著な反射を示していると考えれば理解できる.
水素の金属化が示唆されることから,著者らはこの状態から抵抗の温度変化を測定している.抵抗値の変化を見ると,室温では 2 kΩ程度だったものが,100 Kまで下げるとやや増加して2.5 kΩ,その後ほぼ一定値をとり最低温度の30 Kまで推移する.高温側における,温度の低下に伴うわずかな抵抗値の増加は,アモルファス状の固体金属においてよく観察されるものであり,また低温において急激な抵抗の増大もないことから金属状態とは矛盾しない.

伝導度の圧力依存,温度依存,さらに分光データと,かなりきれいなデータが揃っており,この実験の信頼性はだいぶ高いように思える.今後他のグループなども加わりさらに様々な実験が行われるとは思うが,金属水素の話もついにここまで来たか,と感慨が.(2011.11.14)

 

35. 安価な色素で世界最高効率:色素増感太陽電池の新展開

"Porphyrin-Sensitized Solar Cells with Cobalt(II/III)-Based Redox Electrolyte Exceed 12 Percent Efficiency"
A. Yella et al., Science, 334, 629-634 (2011).

今回論文で報告されたのは,(物材機構の学会発表を除けば)色素増感太陽電池としてはおよそ5年ぶりとなる効率の更新であり,しかもルテニウム色素を用いず,安価な材料によって構築された太陽電池である.

色素増感太陽電池の効率が低いことにはいくつか理由がある.まず,励起された色素からTiO2へと電子が移動するまでタイムラグがあり,その間に色素が基底状態に落ち失活してしまうと光のエネルギーが無駄になること.いかにして失活を防ぐかがポイントとなる.次に,TiO2に渡された電子が電極に到達する前に,溶液中に存在するI3-に電子を渡してしまう,という過程が起こる.要は,電池内部でショートして電流が無駄になるようなものである.この過程も防がないといけない.そして最後に,I3- + 2e- ↔ 3I-というペアを使うことの問題がある.この酸化還元系はイオンが小さく細かいところにまで入っていけるため大きな電流を取り出す(=イオンがどんどん供給され,どんどん反応出来る)には適しているのだが,酸化還元の電位が低いという問題がある.このため,電池としての起電力に制限が付き,0.7-0.8 V程度の開放電圧しか確保できない.つまり,色素で高い励起状態を作っても,このI3- + 2e- ↔ 3I-のペアのところで電位が無駄に浪費され効率が落ちてしまうのだ.

こういった問題を解決するため,著者らは以下に示す改善を取り入れた.なお,これら個々の改善に関しては過去に既に知られている手法であるが,それらを組み合わせ,最適な分子を見つけることで今回著者らは非常に高い効率を実現している.

1. ドナー-π-アクセプター(D-π-A)系色素を用いる
これはどういう事かというと,一つの分子の中に電子を放出しやすいドナー部位と,電子を受け入れやすいアクセプター部位を組み込み,両者を電子を伝達できるπ電子系で結んだものである.この色素に光を当てると,ドナー部位から電子が励起し,π系を通ってアクセプター部位に移動する.色素が基底状態に落ちるためには,電子がアクセプター部位から移動してドナー部位に戻る必要があり,単純に同じ場所で励起している電子に比べ基底状態に戻りにくいという特徴がある.これは,色素からTiO2への電子の移動が遅くその間に失活しやすいという色素増感太陽電池の欠点をカバーできる. なお,この分子はアクセプター部位でTiO2にくっついており,励起状態の分子からTiO2への電子移動を起こりやすくするとともに,励起された電子が溶液中の酸化還元種と直接反応してしまうことも防げる.

2. 色素をアルキル鎖で修飾し,TiO2と溶液を分断する
色素の末端にアルキル鎖を付けると,この広がったアルキル鎖が溶液をシャットアウトし,色素の根本にあるTiO2のそばに溶液中の酸化還元種が近づきにくくなる.こうすると,TiO2に渡された電子が溶液中の酸化還元種と反応して無駄になる,という過程を防止することが出来,効率が改善する.

3. 溶液中の酸化還元種としてCo錯体を用いる
前述の通り,I3- + 2e- ↔ 3I-ペアを使っていると開放電圧を0.7-0.8 V程度までしか高くすることが出来ない.そこで著者らはより高い酸化還元電位を実現できる[Co(bipy)3]II/IIIの酸化還元を用いることで,開放電圧を1 V弱にまで上昇させ,効率をさらに上昇させた. 実際に用いられた色素は,亜鉛ポルフィリンを中心として,外縁部にはアルキル鎖を結合したジフェニルアミド基,反対側にはエチニル基(-C≡C-)を通して安息香酸(-C6H4-COOH)を結合したものである.ポルフィリンの左右にもアルキル鎖などが付加されている.光を受けるとポルフィリン部分が励起され,そのエネルギーを使って電子は即座にジフェニルアミド部位から安息香酸部位に移動する.安息香酸部位からは,電子が迅速にTiO2へと受け渡される.一方,ジフェニルアミドやポルフィリンのサイドに付けられたアルキル鎖により,TiO2電極は保護され,電子は変なところで浪費されずに外部へと引き出され電力として利用される.
ジフェニルアミド上に残った正電荷は[Co(bipy)3]IIから電子をもらい中性に戻り,[Co(bipy)3]IIは反対側の電極へと溶液中を移動してそこで[Co(bipy)3]IIIへと戻る.この時はこの錯体の高い酸化還元電位により,大きな起電力が保証される.

このようにして,色素増感太陽電池としてはこれまでの最高記録の11.1%を大きく上回る11.9%を達成した.さらに,別の色素(Y123と呼ばれる純有機系色素)を共存させる(*)ことで効率は12.3%にまで上昇する.なお,この際の光量はAM1.5と呼ばれる条件であり,まあいわゆる中緯度地方の快晴での光強度に相当する光が垂直に当てられている.

*複数の異なる色素を共存させると,様々な波長の光を吸収出来るようになり,効率が上昇することが知られている.

さて,[Co(bipy)3]IIIは比較的大きな錯体であるため,溶液中での移動が遅い.このため,光量を上げて大電流を発生させるとイオンの移動が間に合わず,効率が低下することが考えられる.そこで照射光量を変えて実験すると,光量を半分に減らすと効率は13.1%,1/10で13.0%と,ついに13%台に乗せることにも成功している.ここ5年間も11.1%で足踏みしていたことを考えると,大幅な効率改善である.

このように,今回報告されているセルはこれまでより大幅に効率が上昇しているとともに,その高い効率を高価なRu色素を全く使わず実現しているという非常に優れた結果である.さらなる分子の最適化などによりまだ効率をのばせる余地も考えられ,期待が持てる.(2011.11.4)

 

34. 高電力・長寿命型リチウムイオン電池

"A high-rate long-life Li4Ti5O12/Li[Ni0.45Co0.1Mn1.45]O4 lithium-ion battery"
H.-G. Jung et al., Nature Commun., in press (2011).

既知材料であるチタン酸リチウム(Li4Ti5O12)を負極に,そして著者らが先日開発(J. Am. Chem. Soc, 113, 3139-3143 (2011))したLi[Ni0.45Co0.1Mn1.45]O4を正極に使用した電池を作成し,それが優れた特性を示した,という報告.

そもそもチタン酸リチウムは高速充放電に優れ,また熱安定性が高く発火などが起こりにくい,さらには非常に長寿命な負極材料として知られている.ただし,容量に関しては最近流行の金属系負極に比べるとかなり低い. これに,著者らが最近開発した正極材料であるLi[Ni0.45Co0.1Mn1.45]O4を組み合わせたわけであるが,こちらもかなりの高速充放電性能と,そこそこ高い容量を誇っている材料である.

この両者を組み合わせた電池は非常に優れた特性を示し,10 Cという大電流充電時でも,0.1 C充電時の83.5%(110 mAh/g弱)というかなり高い容量を示した.さらに,1 Cでの充放電では,500回の充放電後であっても容量は初期の80%以上を保つなど,寿命面でも優れていた.また高温および低温での試験では,55 ℃(充放電電流は1 C)で100サイクル充放電をしても初期容量の90%程度を維持し,また-20 ℃という低温であっても0.5 Cの電流なら常温の85%程度の容量を誇り,100サイクル後でも75%程度は容量を維持している.
さらにエネルギー密度で見ると,正極・負極を合わせた活物質重量で考えておおよそ260 mWh/gとかなり高い.これは日本のNEDOのリチウムイオン電池のロードマップで言うところの大容量型の電池で2020年頃に実用化を目指す,という値にあたり,その一方でこの電池が実現している高速充放電時の出力密度(おおざっぱに,2500 mW/g強程度か)は同じくNEDOのロードマップで言うところの高出力電池型で2020年頃に実用化を目指すものとほぼ等しい.つまり,NEDOが「出力指向の製品で目指したい出力」と,「容量指向の製品で目指したい容量」の両者を同時に満たせてしまう可能性があるわけだ.
まあ,実際には製品化までそのまま行くとは限らず,あくまで実験室段階での話ではあるが.

このように,今回報告されている電池は
・高速充放電可能な大出力
・長時間の駆動を可能にする大容量
・低温・高温でも安定した容量
・長寿命
という特徴を併せ持つなかなか優れたものとなっている.また,比較的希少な元素であるコバルトの使用量が現在のコバルト酸リチウム(LiCoO2)に比べ大幅に減少しているところもポイントが高い.(2011.11.2)

 

33. 超分子構造を用いた自己治癒型ゲル

"Redox-responsive self-healing materials formed from host−guest polymers"
M. Nakahata, Y. Takashima, H. Yamaguchi and A. Harada, Nature Commun., in press (2011).

最近世界のあちこちで研究されているのが,自己治癒性を持ったポリマーである.どういうものかというと,例えば傷が付いたりクラックが入っても,加熱や紫外線の照射により部分的に再溶融したりして元通りになる,というような材料だ.こういった素材が実用化すれば,例えば長期間利用する際の経年劣化の自己修復であるとか,ディスプレイなどの表面保護膜に傷が付いても自己再生する,といった事が可能になる.今回の論文は,そのような自己修復材料を超分子科学(*)を用いて作りましたよ,というもの.ただもちろん,現状で何かに使えるようなレベルではないので,「面白いアイディアでこんなものが出来た」という報告になる.

さて,今回用いられているものは,ポリアクリル酸というポリマーを,シクロデキストリン分子で修飾したものと(つまり,ポリマーの所々からシクロデキストリンが横に飛び出ている分子),フェロセンで修飾したもの(同様に,ポリマーからフェロセンが突き出ている)の2種類のポリマーからなる.シクロデキストリンというのはリング状の分子で,内部にほどよいサイズの疎水性場が出来るため,サイズの合う疎水性分子が取り込まれやすい.一方のフェロセンというのは鉄イオンの上下に炭素5員環が配位したもので,容易に酸化還元を起こして中性分子-イオンの間で変化させられる.中性であれば比較的疎水性であるし,イオンになれば当然疎水性は弱くなる.
この2種類のポリマーを混合すると,一方のポリマーが持つフェロセン(中性)が,もう一方のポリマーの持つシクロデキストリンにはまり込み,ポリマー鎖間に架橋が出来る.別の位置にあるフェロセンは当然別のポリマーと同様に架橋するため,全体は多数のポリマーが網の目のように結びつけられた構造を作るわけだ.このため,2種類のポリマーを混合すると全体はゲルとなり,固まった寒天のようなものとなる.このゲル化がシクロデキストリンとフェロセンとの結びつきによることを確認するため,著者らはゲルに酸化剤を染みこませた(ゲルであるため,内部まで物質が浸透していく).するとフェロセン部位が酸化され(これは分光学的手法で確認),それとともにゲルが溶解してゾル化した.同様の変化は電気化学的な酸化でも確認されている.また,ポリマーにおけるフェロセン部位とシクロデキストリン部位の数の比を変えたものを作成すると1:1の時に最も粘度が高くなることからも,この二者が超分子構造を作ることでゲル化していることがわかる.

このようにして作成したゲルを刃物で切断する.この時,断面では最も弱い結合=シクロデキストリンとフェロセンとの結合が切断されている可能性が高い.つまり塊を切断したとき,多くのポリマー鎖はそのままに,ポリマー鎖間を架橋していたシクロデキストリン-フェロセン結合だけが外れた状態が期待される.要は,マジックテープをバリバリと剥がしたような状況だ.従って,切断した固体を再度重ねてしばらく放置しておくと,架橋が外れてふらふらしているポリマーが適度に動き,フリーになっていたシクロデキストリンとフェロセン部位が再度結合(ただし当然ながら,元の結合相手ときっちり組み上がるわけではなく,近場にいたもの同士が結合する),それにより再びバルクの固体として融合する.まあ,マジックテープをバリバリと剥がし,また重ねると元通りくっつくのと似たようなものである.
なお,この切断した固体の再生が,表面に現れたフリーなシクロデキストリンとフェロセンとの再結合によることを確認する実験も行われている.ゲルを切断した後,その表面を酸化剤で洗浄し,表面に現れているフリーなフェロセンを全てイオンへと酸化してしまう.すると,この切断した断片同士を重ねても融合はしない.その表面を今度は還元剤で洗浄する,つまりイオン化したフェロセンをまた中性状態に戻してやると,今度はきれいに融合する.このことから,フリーなフェロセンの存在が必要である=切断面に現れたフェロセンとシクロデキストリン間で再架橋されることにより傷が修復していることが確認できる.(2011.10.27)

 

32. DNA二重螺旋を通したスピン選択的な電子移動

"Spin Specific Electron Conduction through DNA Oligomers"
Z. Xie et al., Nano Lett., in press (2011).

つい先日に同一グループが,DNA単分子膜を通した光電子放出において非常に大きなスピン偏極を報告しているが,その続報となる.

実験においては,Ni薄膜の上に螺旋をまかないDNA単分子鎖をSAMとして吸着させ,その中に二重螺旋DNAを混ぜ込む事で孤立した二重螺旋DNAを作成,導電性探針を使ったAFMによりDNA分子を通して流れるトンネル電流を測定している.基板に用いているNiの下には磁石を配置し,Niの磁化の向きを反転させる事が可能である.
このようにして,長さが26,40,50bpの二重螺旋DNAの伝導を測定しているが,非常にきれいにスピン依存性が確認され,DNAが何らかの機構によりスピン選択的な電子透過を示す事が確認された.以前の実験では二重螺旋DNAのSAMであったことから,現象を説明する理論として並んだDNA鎖の協同的な効果を取り入れたものがいくつか提唱されていたが,今回の実験では二重螺旋構造を持つDNAは孤立している事からそのような理論は当てはまらず,別な説明が必要とされる.二重螺旋構造内に生じている電気分極の螺旋状の配置を介したスピン-軌道相互作用なども提唱されているようではあるが,これが当てはまるのかは今後のさらなる検討が必要となる.

dI/dVの結果からポテンシャルバリアの高さを求めると,upスピンとdownスピンとの間ではおよそ1eVの差があり,この差はDNA鎖の長さには依存していない.もちろん,長いDNA鎖ほどスピンによってポテンシャルバリアの高さが違う状態が長く続くわけであるから,観測される電流値のスピン依存性はDNA鎖が長ければ長いほど大きくなる.

何にせよ,通常は非常に小さなスピン-軌道相互作用しか示さない軽原子からなる系でこれほど顕著なスピン依存性が出るというのは非常に面白く,今後の発展が楽しみである.(2011.10.17)

 

31. 金属イオンへの配位を使ったらせん構造のコントロール

"Chiral Amplification and Helical-Sense Tuning by Mono- and Divalent Metals on Dynamic Helical Polymers"
F. Freire et al., Angew. Chem. Int. Ed., in press (2011).

らせんのような光学活性な構造は遙か昔から化学者の興味を惹いているわけだが,特に近年注目されているのが微視的な光学活性な構造から,メゾスコピック/マクロスコピックならせん構造が生まれる系である.今回報告されている系もそのようならせん増幅系ではあるが,金属イオンの配位によりらせん構造が生じ,しかもイオンの価数により逆巻きのらせんが得られ,イオンの吸脱着により可逆的に構造が変化する興味深い系となっている.

基本となる分子はp-ethynyl-C6H4-NH-C(=O)-C*H(OMe)Phであり,*を付けた炭素の部分に不斉を持つ.これをエチニル基の部分で重合させて出来るポリマーは,ポリアセチレンの1次元鎖から周囲に置換基が飛び出た構造となる.さて,この分子のC(=O)-CH(OMe)-の部分であるが,1価のカチオンに対しては=Oと-OMeがアンチの位置関係となり=O-M+という配位をする場合に安定になる事が知られている.一方,2価のカチオンに対しては=Oと-O-Meの二つのOを使い,二座配位したものが安定である.つまり,配位する相手によってこの末端部分の配置は180°異なるわけだ.
これに伴い,末端部分のフェニル基の向く方向も180°変化する.この末端部分のフェニル基は,フェニル基間の相互作用により隣接するモノマーのフェニル基とぴったりくっつくような構造をとっていると推定されているが,フェニル基が大きいためにポリマーが一直線の構造をとってしまうとフェニル基が並ぶ事が出来ない.このため,少しずつ角度を変えながら,ポリマー全体をねじるようにして積み重なっている.このようにポリマー中でかなりびっしりと並んで配列しているため,このフェニル基部分の方向が変わるという事はポリマー全体の巻き方に大きく影響し,結果として配位させるイオンが1価なのか2価なのかで全く逆向きに巻いたらせん構造が得られるらしい.
配位させたイオンは除去する事も可能であり,イオンを取り除くとらせんの巻き方はばらばらになる.その後どちらかの価数のイオンをまた配位させれば,それに見合った巻き方へと構造を変える.なかなかうまくできている分子だと言える.(2011.10.12)

 

30. 電場で磁性をスイッチング

"Electrical control of the ferromagnetic phase transition in cobalt at room temperature"
D. Chiba et al., Nature Mater., in press (2011).

これまでのエレクトロニクスは基本的に電子の運動=電流を扱ってきたわけだが,近年はそれに加えて電子の向き=スピンの方向も利用できるパラーメータに加えようという研究(spintronics)が盛んである.例えば電流のかわりにスピン流を流してみたり,電流で磁化の向きを反転させたり,はたまた逆に磁化によって電流を制御したり,とまあ,そういったものだ.さて,そういった例には成功しているのだが,強磁性そのものを電場でスイッチングする,つまり電場をかけたり切ったりすると磁石になったり磁性が消えたり,というのはなかなか難しかった.これにはいろいろ理由があるのだが,説明しようとすると長くなるので省略.今回の報告は,薄膜化したCoの磁性を,比較的低電場かつ室温でスイッチングできたというものだ.

作成したサンプルは,GaAs基板上にTaとその上にPtを乗せたもの(このあたりはまあ格子のマッチングであるとか,乗せたいサンプルがくっつきやすいかなどでいろいろ変わる)に,本体であるCoを0.4nm厚(おおよそ2原子層)で乗せ,その上に2nm厚のMgO層(Co層を安定化したり,上の層をくっつきやすくするものと思われる),そして誘電層の50nmのHfO2(こちらは最近はCPUなどでも使われる,FET構造で電場をよく伝えるhigh-k絶縁膜)と,さらに上にゲート電極となるAu/Crが蒸着される.本質的なところだけ取り出せば,磁性を持つCo超薄膜の上に,絶縁層/誘電体を挟んでゲート電極が乗ったFET構造で電場構造なわけだ.ゲート電極の電位は±10Vで,Co層にかかる実効的な電場勾配は1.9MV/cmと結構な値となる.

測定としては,サンプルの近くにコイルを置いてそこに電流を流す事で外部磁場を発生,サンプルに生じるホール抵抗を測定する.サンプル自体に磁化がなければホール抵抗はまあ外部磁場に比例するのだが,サンプルが磁化を持つとこいつが外部磁場に加算されるため実効的な磁場が大きくなり,ホール抵抗にadditionalな成分が現れる.ここからサンプルの磁化を求めるという手法で,薄膜の磁化を見る際にはよく使われる.なお,Coはバルクでは1000Kあたりに強磁性転位温度を持つが,超薄膜化することで300K前後が転位温度となっている.

さて,ここにFETにより電場構造により電場をかける.するとゲート電位を負に振ると,Coの強磁性転位温度が下がっていく.逆にゲート電位を正に振ると転位温度が上がる事が観測された.例えばゲート電圧無しで326Kに転位温度を持っていた薄膜が,ゲート電位を+10Vにすると330Kまで強磁性になり,逆にゲート電位を-10Vにすると318Kにまで転位温度が下がっている.このため例えばこの薄膜は,320Kあたりでは何もしなければ強磁性体で,ゲート電圧を-10Vぐらいにすれば常磁性体になるわけだ.室温で転位温度を電場で変化させられたというのはなかなか凄い事になる.

さて,こう聞くと単純に「ああ,FETで電子密度が変わって転位温度が変わったんだな」と思うわけであるが,どうもそうではないらしい.というのも,第一原理計算によれば,Co薄膜は電子の密度が増える(=ゲート電圧を正にした場合に相当)と転位温度が上がり,逆に電子密度が下がる(ゲート電圧を負にした場合に相当)と転位温度が下がることが予想されており,実測と逆になっているからだ.これに関しては,著者らも現時点では原因が不明で,さらなる理論的な研究が必要だと述べている.(2011.10.3)

 

29. 酸化グラフェンを窓にしたその場光電子分光用セル

"Graphene oxide windows for in situ environmental cell photoelectron spectroscopy"
A. Kolmakov et al., Nature Nanotechnol., in press (2011).

X線や電子線を使った"分光"は,マテリアルサイエンスの分野には無くてはならない技術である.例えば光電子分光は物体にX線を照射し,叩き出される電子のエネルギーを測定することで物体中の電子状態を調べる事が出来るし,EELSでは照射した電子線が物体の様々な励起を引き起こしエネルギーを失う事を利用して原子の結合状態などを知ることが出来る.他にもオージェやXPS,EXAFSなどX線を当てて電子を叩き出し情報を得る測定手法がいくつも存在する.このような分光法を駆使すれば,物体中での特定原子種の価数,配位数,結合様式,どんな化合物なのか,どんなバンド構造をしているのか,と言った様々な情報を得ることが出来るわけだ.

しかしこれらX線や電子線を使う手法には一つ大きな限界がある.それは真空中でなければ利用できない,という事だ.X線を使った光電子分光にしろEELSにしろ,サンプルから出てくる(もしくはサンプルを抜けてくる)電子を観測する.ところが,溶液中やガス中では電子は容易に周囲の分子にトラップされてしまい脱出できない,つまり検出器に電子が届かないわけだ.そのため,生体分子を生きたまま観察したり,溶液中での分子の振る舞いを調べる,という目的では非常に使いづらいところがある.
この欠点を克服しようと,様々な手法が開発されてきた.中でも有効だったのが,ごく薄い"窓"を持つセルを使うことである.このセル中に溶液であるとか細胞であるとかを入れ,窓を通してX線や電子線を照射する.そしてサンプルから叩き出された電子もこの窓を通り真空中に抜け出てきて,検出器に到達するわけだ.
この時重要になるのが,窓の薄さと丈夫さ,そして電子/X線に対する透明性だ.窓が十分薄くないと電子はなかなか透過しないし,丈夫でなければ薄くしたときに破れてしまう.薄さと関連するのが透明性で,観測したいエネルギー域の電子の吸収が少なければ少ないほど,物理的に同じ厚みでも光学的な意味での厚みは薄くなる.現在では,SiO2や非常に硬いSi3N4や薄いポリマー膜を使うことで,数十keV以上の電子線や数keVのX線に対して透明な窓材が開発されている.

今回報告されているのは,この窓材として酸化グラフェンを使うことで,非常に簡便に作成可能なセルで,数百eV程度のエネルギーの放出電子を測定することが出来た,というものだ.これはこれまでの市販のセルより一桁ちょっと低いエネルギー域が見えることに相当する.セルの作成は非常に簡便で,まずSiO2の基板に電子線で数μm程度の穴を開ける.これで水に浮いている酸化グラフェンをすくい取ると,穴の上に酸化グラフェンがのっかった板が得られる.これとは別に溶液を入れられる窪みを作った厚板を用意しておき,見たいサンプルを入れておく.その上から先ほどの酸化グラフェン付SiO2板をのせて蓋をし,接着剤で隙間無くくっつければ出来上がりである.著者らはこれを使い,セルに閉じ込めた水溶液であるとか,裏側に蒸着した金を観察しており,既存のものに比べ低エネルギー側での検出能が劇的に改善していることをデモンストレートしている.

著者も書いているが,最近はナノが流行ったおかげで様々なナノシートが続々と生み出されている.恐らく数年から10年程度もすれば,そういったものから特性の良い物がX線/電子分光用のセルとして利用され市販されるようになるだろう.タンパク質の実環境中でのその場観察など,電顕と組み合わせた様々な手法が利用されより多くの情報を得ることが出来るはずである.(2011.8.31)

 

28. 楕円粒子によるコーヒーリング効果の抑制

"Suppression of the coffee-ring effect by shape-dependent capillary interactions"
P.J. Yunker, T. Still, M.A. Lohr and A.G. Yodh, Nature, 476, 308-311 (2011).

卓上についたコーヒーなどの雫を乾燥するまで放置すると,分散していた成分が雫の周囲に集積し,リング状の汚れとして残る,というのは日常生活でもよく見るものである.何でもこれ,コーヒーリング効果なるそのままな名前がついているようだ.このコーヒーリング効果,印刷や表面コーティングの分野では,不均一な塗布を生み出してしまうことからどうやって抑制するかが日夜研究されており,溶液の表面張力を変えてみたり,濃度を調整したり,乾燥条件を変化させたりと様々な努力が行われている.

さてこのコーヒーリング効果,なぜ起きるのかと言えば,表面張力により雫が基板に張り付くことと,エッジ部分で蒸発が盛んであることによる.濡れ性の良い表面に雫がつくと,溶液はぺたんと張り付き,表面張力(基板と溶液の親和性の高さ)によって広い底面積で固定される.基板との相互作用により安定化されているから,溶液が蒸発していって液滴の体積が減っても底面積は変わらず,液滴はより薄くなっていく.一方,エッジの部分では,液滴の真ん中部分に比べ表面積が大きく(何せ上面だけでなく側面も空気に触れている),蒸発は激しい.エッジの部分からどんどん蒸発するのに液滴の底面積が変わらないことから,溶液は液滴の中心部からエッジ部分にどんどん吸い上げられそこで蒸発,分散していた各種粒子がエッジ部分に取り残されリング状に残る,というわけだ.

今回,論文で報告されているのは,このコーヒーリング効果を「楕円状の粒子」を混ぜるだけで簡単に抑制できた,という論文である.
実験で用いられたのはポリスチレン粒子を分散させた水.ポリスチレン粒子としては,直径約1 μmの球状のものと,それを溶かしてアスペクト比2.5や3.5の楕円状に引き延ばしたもの.この分散溶液をガラスに滴下し乾燥させその様子をモニタしている.
さて結果であるが,球状粒子の場合は非常に典型的なコーヒーリングが形成される.ところが,楕円体の場合はリングは形成されず,非常に均一な膜として堆積していた.またここまで極端な楕円でなくとも,アスペクト比が1.2-1.5程度の粒子でもかなりのリング抑制効果が観測されている.

この効果は何に由来するのか,という事であるが,エッジ部分を顕微鏡で観察すると,球状粒子は無秩序に積み重なっているのに対し,楕円状粒子の場合は互いに向きをそろえるような形で秩序構造を作っており,こういった秩序化しようとする力(=ある程度の位置と方向を保とうとする力)が,蒸発による粒子をエッジに凝集させようとする力に勝り,均一な分散を維持していると考えられる.ではこの秩序化しようとする力は何か,という事であるが,著者らは異方的な形状の粒子が気液界面に作る歪みによるものではないかと推定している.
水面に物体を浮かべると,表面張力により液面が少し歪む.球状粒子の場合はいわばゴム板の上に鉄球をのせたときのような,等方的な凹みが生じるわけであるが,棒状だったり楕円状だったりと言った粒子では,その長軸の端の部分に顕著な歪みが生じる.棒磁石が砂鉄に作る模様と似た感じ,と言えば伝わるであろうか.このようにして生じる異方的な歪みが,近くの別の粒子の作る同じような異方的な歪みと相互作用し合い,特定の向きに並んだ秩序構造を作ることが知られている.そこで著者らは,液滴の表面(=気液界面)に到達した楕円状粒子が液滴表面に浮いた状態となり,それが液滴表面を歪め隣接する同じような粒子との間で相互作用することで秩序構造を形成,無秩序な堆積を防いでいる,と考えている.

面白いのは,この効果,球状粒子の分散した液的中に,1%程度の楕円粒子を混ぜることでも生じると言うことだ.楕円粒子に比べ球状粒子が小さい場合は楕円粒子の作る秩序構造の隙間に球状粒子がどんどん侵入してしまいうまくいかないが,楕円粒子に比べ球状粒子がかなり大きい(実験では,前述の楕円粒子に対して,直径5 μmの球状粒子を使用している)場合には,楕円粒子の作る秩序構造に阻まれて球状粒子も集積できず,均一な膜として堆積することが確認されている.この時,混ぜ込んだ楕円粒子の量(体積分率)は球状粒子の1%程度であり,少量混ぜるだけでコーヒーリングを抑制できることがわかる.

実際,均一なコーティングというのはやってみると難しいものであるが,こんな単純なことでそれを抑制できるというのは素晴らしい.今後,粒子形状のコントロールなどで様々なコーティング剤,塗装剤が改良されていくかも知れない.(2011.8.18)

 

27. 硫黄でターミネートされたグラフェンナノリボンの作成

"Self-assembly of a sulphur-terminated graphene nanoribbon within a single-walled carbon nanotube"
A. Chuvilin et al., Nature Mater., in press (2011).

グラフェンナノリボンは微細な回路の導電路としての利用や,その外形に応じた電子状態への興味などにより近年様々なサイズ・製法のものが作成されている.本論文にて報告されているのは,ナノチューブをテンプレートに使うことにより,サイドが硫黄でターミネートされたグラフェンナノリボンを簡便に作成する手法である.

通常,ナノチューブ内でフラーレンなどの炭素源を加熱すると,径の細いナノチューブやフラーレンポリマーなどを生成し,グラフェンナノリボンはあまり生成しない.これはグラフェンナノリボンのエッジ部分はダングリングボンドとなりエネルギーが高いためである.
著者らは,炭素源としてフラーレンに硫黄を含む置換基を導入したものや,フラーレンとTTFの混合物を用い,これをナノチューブに導入後1000℃程度で熱処理を行った.するとこれらに含まれる硫黄原子がグラフェンナノリボンのエッジに付加しダングリングボンドを潰して安定化,結果としてナノチューブ内でグラフェンナノリボンが生成することが明らかとなった.

ナノチューブのような微細な閉鎖空間を反応場として使う,と言う例は徐々に増えて来つつあり,今後も面白い構造体が生み出されることが期待される.また,今回の反応により生成した硫黄ターミネートのグラフェンナノリボンを取り出したり多量に生成したりというのはなかなか難しいが,こういったアイディアを元にもっとバルク量が作られるようになると,エッジを様々に修飾した機能性グラフェンナノリボンが生み出されるかも知れない.(2011.8.8)

 

26. ナノシートを用いた新型の質量分析用検出器

"A Mechanical Nanomembrane Detector for Time-of-Flight Mass Spectrometry"
J. Park et al., Nano Lett., in press (2011).

質量検出計は現在の化学や生化学,およびそれらに関連した分析分野では無くてはならない手段である.質量分析計というのは,分子を何らかの方法でイオン化し,それを電場で加速,分離部で質量ごとに分離した後,検出部にてイオンの到達をカウントすることで,サンプル中にどのような質量の分子が入っていたのか,という事を調べる手法である.また,イオン化部などでレーザーを使用したりすると分子が切れやすい結合の部位で解離したフラグメントも得られ,これを使うことである程度未知分子の構造が推定できたりもする.

さて,このような質量分析計,近年流行の適用分野の一つが生体高分子(タンパクなど)である.生体分子はその活性などを調べる事が重要であり構造がキーファクターである一方,分子構造も複雑で大きく,結晶化もなかなかうまくいかないためその構造がわからない.そこで構造推定の一助であったり,またサンプル中にどのような分子がいるのかを調べるために質量分析が用いられる.以前はタンパクなどの壊れやすい分子をイオン化するのは難しかったのだが,例のMALDIの発明以降急速に利用範囲を広げている.
さて,前述の通りタンパクなどは非常に大きい,つまり重い分子である.こういった重い分子を質量ごとに分離するのはなかなか大変であり,大変な中でも何とか適用できるのが飛行時間型の分離手段である.これはどのようなものかというと,イオン化した分子の混合物に瞬間的に電圧をかけ加速する.加速時間が限られているため,重い分子はゆっくり,軽い分子は速い速度まで加速される.これを長さ一定の管の中を通して検出部に導くと,加速用の電圧をかけたときから検出されるまでの時間を使って質量を決定できるわけだ.

さて,分離まではこの手法でうまくいくのだが,実は大きな分子の質量分析においては検出器もネックになってくる.通常の検出器は増倍管やマイクロチャネルプレートを使ってイオンの衝突の衝撃を電流に変換するわけであるが,重い分子だとほとんど加速されずにゆっくりと検出器にぶち当たるため,運動量はあっても運動エネルギーがほとんど無く,これらの検出器が反応しにくくなってくるのだ.
今回著者らはこの欠点を解決するために,運動量そのものを使って検出する手法を考案,実際に動作することを示している.

著者らが使ったのは,5mm*5mmの広さを持つ膜である.この膜は,厚さ46nmのSi3N4という硬い材質の薄膜の上下に,13nmの厚みでAlを蒸着したものとなる.この膜の片面(表側)をイオンがぶち当たる側とする.さて,裏側(こちらもAlが蒸着されている)であるが,膜からほんの少し距離を開けてゲート電極が存在し,膜との間に強い電位差を付けている.これにより,膜の裏面のAlからは電子が引き出され(フィールドエミッション),ゲート電極に向かって常に電子線が放射されている.ゲート電極はいくつも穴が開けられており,電子線の一部はここを抜けてさらに向こうにあるマイクロチャネル検出器に勢いよく衝突,常に検出電流を流し続けている.
さて,ここにイオン=重い生体分子がぶち当たった場合を考えよう.膜は十分薄いため,加速されてきた生体分子の一団(同じ質量を持つ分子は,ほとんど同じ時刻にまとめて到達する)が衝突するとその運動量によって振動する.太鼓の皮を叩いたのと同じ事だ.これは同時に,膜は一瞬だけ裏側近くのゲート電極に近づき,次に反動でゲート電極から遠ざかる,と言う振動になる.ゲート電極との距離が近づけば電位勾配が大きくなり,つまりフィールドエミッションで放出される電子の量がどかっと増える.これはそのままマルチチャネル検出器が発する電流の増加に結びつき,膜にイオンが当たった事を検出できる,つまり質量分析計の検出器として働くわけだ.著者らは実際にデモンストレーションとして分子量15万程度のIgG(免疫グロブリンG)を本手法で検出して見せている.
(ただし,既存の質量分析計でももっと大きな分子を検出できるため,今回の実演は純粋に原理を実証して見せるためのものである)

しかしまあ,機械的な振動に変換して検出するなんて手法があるというのはなかなか驚いた.言われてみれば確かに原理的には可能であるし,面白いものである.(2011.8.5)

 

25. 水分子内包フラーレン

"A Single Molecule of Water Encapsulated in Fullerene C60"
K. Kurotobi and Y. Murata, Science, 333, 613-616 (2011).

一度作成したフラーレンを化学的に切り裂き,中に小分子や原子を入れた後に再度縫合する"分子手術"の開発以来,いくつかの内包フラーレンが作成されてきた.代表例はH2@C60であるが,通常の内包フラーレンの作成法(内包させたい原子と炭素の混合体を原料に放電やレーザーアブレーションでフラーレン化する)では中に入らないような分子を内包させたり,通常の内包フラーレン(通常,内包されるものによって炭素数がほぼ決まる)とは異なる炭素数のフラーレンに内包させたり,と言った事が可能になる.

今回の論文で報告されているのは,水分子を導入した内包フラーレン.途中,高効率で水分子を入れるために水/トルエン溶液中9000気圧にすると言った条件を経由するが,それ以外は比較的穏和な条件で効率よく反応が進んでいる.
水分子の特徴はなんと言ってもその大きな双極子モーメントである.今の段階ではそういった特徴を捉えるような物性実験などは行われていないが,HPLCによる分離の際に非常に分離効率が高かったことから,内部の双極子モーメントがカラムとそこそこ強く相互作用していることが推測されている.
また完全疎水空間に囲まれた孤立水分子,ということで,水分子自体の特性を調べる実験も今後行われる可能性がある.(2011.7.29)

 

24. 恐竜の体温を推定する

"Dinosaur Body Temperatures Determined from Isotopic (13C-18O) Ordering in Fossile Biominerals"
R.A. Eagle et al., Science, 333, 443-445 (2011).

恐竜が恒温動物だったのか変温動物だったのか,という事は古くからの議論の的である.初期には爬虫類からの類推で単純に変温動物と考えられていた(と言うか哺乳類と鳥類以外は全て変温動物と信じられていた)が,そもそも現存している生物であってもそう簡単ではないことが判明した(*)り,恐竜が鳥類の祖先であることが判明してきたため議論が起こる.

さて,恐竜の体温であるが,小型の恐竜に関してはほぼ恒温動物であったと考えられるようになってきている.例えば当時の南極圏には小型恐竜(Polar Dinosaur)が生息していたことがわかっているが,いくら当時は今より気温が高いと言っても変温動物ではそんなところで生存することは出来ない.また,化石からの骨の成長速度の分析結果はかなり急速な成長を示唆しており,こちらもやはり代謝の多い恒温動物であったことが示唆されている.このようなことから,現在では恐竜は基本的に恒温動物であったのではないか,と言う考えが主流である.
その一方,議論が残っているのが巨大な竜脚類(Sauropod)である.これはまあ,スーパーサウルスのような長い首とでかい図体を持つ草食恐竜達を指す.こいつらは体がでかいために,恒温動物のように内部の代謝が活発であったとしたら放熱が間に合わないのではないか?とか,それだけの代謝を維持しようと思えば餌が足りないのではないか?という点が問題視されている.そのため現在では,(現存するオサガメ類のように)体表面からの放熱を減らし,内部の少ない代謝のエネルギーを逃がさないことで体温を維持している準恒温動物,と言う見方が徐々に広まりつつある(が,議論が多い).

さて,こういった体温が問題になってくると,何とか恐竜の当時の体温を直接測定する方法はないものか?と思うのが研究者の性である.そして広く利用されているのが,化石中(骨格中)の酸素の安定同位体18Oの比率で温度を調べる手法だ.18Oは通常の酸素(16O)よりやや重いので飛びにくく,固定化されやすい.このため骨や歯などが作られる際には,周囲の18O/16Oの比よりやや濃縮された形となる.しかしその場の温度(自然界なら気温,生体中なら体温)が上がると,熱による攪乱が大きくなり,18Oは16Oとほぼ同じ確率で取り込まれるようになり,環境中の18O/16O比に近づいていく.これを利用し,恐竜の体温の推計がなされてきた.
しかしこの手法には一つ大きな問題点がある.それは,体温による18O/16Oの変化がわかっても,そもそもの周辺環境中での18O/16O比がわからなければ体温が確定できないのだ.つまり,18Oが多いのが,体温が低かったからなのか,そもそも環境中の18Oが多かったのかの区別がつかないわけだ.

さて,今回の論文は,この問題を解決する手法を使って恐竜の体温をもっとちゃんと決めましたよ,というものだ.使われている手法は著者らが昨年開発(別の論文として発表)したもので,18Oと13Cとが結合した炭酸塩の量を用いる.18Oの量そのものや,13Cの量そのものは周囲の環境と温度の影響を受けて変動する.しかし,「それら取り込まれた18Oと13Cのうち,18O-13Cの結合を作っているものの比率」は,周辺温度だけで規定される量となる. つまり,これまでの手法では,

元々の18Oの量(不明) →周辺温度(不明)→ 取り込まれた18Oの量(測定可)

となって測定可能量1つに対し不明な量が2つあって困っていたのが,

取り込まれた13Cの量(測定可)+取り込まれた18Oの量(測定可) →周辺温度(不明)→ 18O-13C結合を作っている量(測定可)

と,不明な量を1つに減らして確定できるようにしたわけだ.

炭酸塩は歯に多く,一応骨にも入っているのでこういったサンプルから測定が可能になる.今回は歯の化石を用いて測定している.
測定された体温は,Camarasaurusで36.9±1.0 ℃,Brachiosaurusで38.2±1.0 ℃程度になるようだ.
この値はなかなか微妙な温度で,鳥類などの40℃よりは低いが,ワニ類などよりは高い.前述の準恒温動物と言われればそうかもなあ,という値であると共に,恒温動物としてもまああり得ない範囲ではない.
しかし,過去に行われた,「成長速度から見積もった代謝量と,体格から見積もった放熱量から推定される体温」よりは両恐竜ともに数度低く,著者らは「(active,passiveは別として)何らかの冷却機構があったと考えられるのではないか?」と述べている.実際,竜脚類の長い首は放熱のためだったのではないか?という説もあるらしい.(2011.7.22)

 

23. 磁性鉄アセチリド錯体

"New Iron(III) Bis(acetylide) Compounds Based on the Iron Cyclam"
Z. Cao et al., Inorg. Chem., in press (2011).

サイクラム-鉄錯体の上下にアセチリドを配位させた錯体の報告.似た様な錯体は[CrCyclam(C≡C-TTF)2]+系に関連して作ろうと思っていたりしたが,残念ながらFe(III)はS=1/2の低スピンになってしまうらしい.残念.(2011.7.20)

 

22. ナノ粒子により増強される水の光分解

"Plasmon Enhanced Solar-to-Fuel Energy Conversion"
I. Thomann et al., Nano. Lett., in press (2011).

石油生産もついにピークを越え,今後は生産量の低下が見込まれる昨今,新たなエネルギー源の開発が進められている.中でも太陽エネルギーの利用に関しては,(そのエネルギー密度があまり高くないという問題はあるものの)とりあえず当面は尽きることを考えなくて良いため,様々な形での利用が模索されている.その代表格は太陽光発電と太陽熱発電であるが,人工光合成系を含めた太陽光の化学エネルギーへの直接変換というのもまた,様々な面から研究されているテーマである.

さて,太陽光による化学エネルギーの生産という分野では,水の光分解が最も直接的であり,長い歴史を持つ.水を分解するには最低1.2eV程度のエネルギー,実際には界面などに生じる電位勾配を考えると2eV前後のエネルギーが必要となるが,これはおよそ700nmと可視領域の光となる.
この程度のバンドギャップを持つ半導体に可視光を当てるとキャリアが励起され,そうして生じた高エネルギーの電子とホールが水分子を酸化還元して酸素と水素を発生させる.こういった素材は太陽光に当てておくだけで燃料となる水素を生み出せる夢の素材として探求が進められているものの,効率の高い素材はなかなか見つからず,実用化の目処は立っていない.紫外光に関してはTiO2などでそこそこの水素の発生は起こるのだが,やはり照射エネルギーの多い可視光を利用出来る素材の開発が望まれている.

さて,水の光分解用の半導体系素材で効率が上がらない理由の一つに,その可視領域の吸収の弱さとキャリアの拡散長の短さがある.多くの半導体材料は2eV程度のバンドギャップを持つと言っても間接遷移型であり,光の吸収はあまり強くない.そのため照射される光を十分に利用するためには厚みを大きく取る必要がある(ものによるが,おおよそμmのオーダー).その一方,生じた電子-ホール対が再結合せずにふらふら漂っていられる距離である拡散長は短いことが多く(数十nmなど),この距離内で水分子の存在する電極表面に到達できないと,水と反応して分解するより前にキャリアが再結合して消滅してしまう.つまり,光を十分吸収しつつ,それによって生じたキャリアを有効に利用するためには,吸収が非常に強くて厚みが薄くて良い素材か,拡散長が非常に長い素材を使う必要がある(*).

*別な解として,基板から長いナノワイヤアレイを生やす,というものもある.光はナノワイヤの長軸方向に照射されるため長さを大きくとれば吸収量は十分大きくなり,その一方生じたキャリアはワイヤの半径方向に進んですぐに外周に到達して水を分解できる.ただしこれは,素材がナノワイヤ化しやすいものに限られる.

さて,今回の論文は,金属ナノ粒子の表面プラズモンを利用する事で半導体の吸収効率を高め,水の分解効率を上げた,というものである.著者らはこれを使って,非常に安価かつ豊富な資源である酸化鉄(α-Fe2O3,ヘマタイト)の水分解効率を上げられることを報告している.
酸化鉄薄膜上にシリカでコートした金ナノ粒子を乗せて光を照射すると,金ナノ粒子のプラズモン吸収がある600-700nm付近の光による水の分解が増加することが観測された.これは,まず表面プラズモンの存在により吸収の大きな金ナノ粒子がこの領域の光を吸収し,生じた表面プラズモンの強い局所電場が酸化鉄と相互作用することでエネルギー移動を起こし酸化鉄のキャリアを励起,生じた励起子が水を分解していると考えられる.
実はこのような,ナノ粒子の作る局所電場を利用して実効的な吸収を増大させるという研究は太陽電池などでも行われており,今回の報告はその水の光分解版と言える.

「豊富な元素を使って」と言いながら金ナノ粒子を使ってみたり(**),増強効果が10%弱程度だったりとちょっと微妙な点もある研究ではある.しかしまあ,この手のプラズモンを使った技術(プラズモニクス)はいろいろと可能性を秘めてはいると思うので,いろいろと研究を進めていただきたいものだ.

**表面プラズモンに関しては,銀がずば抜けて強く,次いで銅,その次に金となり,この3種のコインメタルが他の金属に比べるとかなり強い.中でも金は酸化に強く実験がし易いので,この手の研究では金(もしくはそこそこ酸化に強くプラズモンが馬鹿みたいに強い銀)を使うことが一般的.(2011.7.19)

 

21. 水流を電流に変換するグラフェン

"Harvesting Energy from Water Flow over Graphene"
P. Dhiman et al., Nano. Lett., in press (2011).

水やその他の極性溶媒の流れの中に,微小な細長い導電性の物体を流れと同じ向き(長軸方向が水流と平行)に入れると,その両端に電位差が生じることが10年ほど前に発見されているらしい.その起源に関しては色々議論がありまだ決着していないようだが,どちらにせよ,例えばナノチューブを用いた場合に生じる電位差が数mV程度であるなど,出てくるエネルギーが微弱であるためその電力としての利用は難しい状況だった.
今回著者らは,水中に置く物体として単層から数層程度のグラフェンを用い,これまでのものの数十倍のエネルギーを生み出すことに成功し報告している.

サンプルは,まず銅箔の上で有機物を熱分解することで1-数層のグラフェンを作り,それをSiO2/Siの基板上に転写している.そこに電極を蒸着し,長さ(流れに平行方向)30μm,幅(流れに垂直方向)16μm程度の領域を作る.これをHCl水溶液の流れに浸し,5kΩ(このぐらいの時に一番発生するエネルギーが大きい事を確認している)の負荷抵抗を接続し両端に発する電位差を測定している.また,比較用のサンプルとして多層カーボンナノチューブのシート(ナノチューブの長軸方向が流れと平行で,多数のナノチューブが集まったシート)を使用する.

まず,水流の速度を変えながら測定すると,0.5-1cm/s程度の流速までは発生する電圧が直線的に増加するが,その後1-1.5cm/s程度の流速で飽和する傾向が確認された.HClの濃度に関しても,濃度が高ければ起電力は上がるが,0.6mol/Lを超えたあたりで飽和する.流速・濃度共に飽和した最も起電力の大きな条件でグラフェンに発生していた電圧はおよそ30mVであり,出力電力は100nW(負荷抵抗5kΩ)を超える.これはサンプルのサイズを考えればかなり大きな値であり,200W/m2程度にもなる.なお,同条件でのナノチューブシートの起電力はこの数十分の一の数mVであり,グラフェンの発電効率の高さがわかる.

著者らはこれ以外にもMD計算などと絡めて,電位差の発生するメカニズムは

  1. グラフェン表面にCl-イオンが吸着する
  2. 水流に叩かれ,これらのイオンが下流方向にホッピングする
  3. それに伴い,静電的にくっついていたキャリアも移動する
というのが電位差発生の起源と考えられる,と述べている.MD計算からは,対イオンのH3O+はグラフェンにほとんど吸着しないことが示唆されており,これも大きな起電力の発生に効いているようだ.例えば食塩水だと対イオンはNa+になるが,この場合はグラフェン表面にある程度吸着し,Cl-と同じように水流で移動し,しかし電荷が反対であるため生じる電位差は逆向き=Cl-によって生じる電位差を一部キャンセルしてしまうわけだ.

また,著者らは,ナノチューブシートに比べて劇的に起電力が大きい理由として,

  • ナノチューブシートは電極との接合がグラフェンほどきれいではない
  • 多数のナノチューブがあるため,イオンの移動経路が複雑になる
などと言ったことが効いているかも知れない,と述べている.まあ,多数のナノチューブの塊を使ってしまうと,内部までイオンが浸透しにくいなどがあるので,これ自体はあり得る話である.

まあまさかこんなもので発電所を作ろうという人間は居ないだろうが,例えば体内埋め込み式のマイクロセンサーの電源として血流を使うとか,配管内のセンサーの電源に使うとか,その程度なら駆動できるだけの電力は発生している.流速がかなり遅くても(1cm/s)これだけのエネルギーを生み出せるのは意外に使い道があるかも知れない.(2011.7.16)