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160. 電子の粘性によって生じる局所負性抵抗

"Negatice local resistance caused by viscous electron backflow in graphene"
D. A. Bandurin et al., Science, 351, 1055-1058 (2016).

古典的な多くの金属では,電子間の相互作用(電子相関)は電子の運動に比べ相対的にかなり弱く,運動が十分速いために電子相関の影響は平均的な場として近似(補正)してしまうことが可能である.このため伝導電子はほぼ自由電子と見なすことが可能となり,電子相関があらわに効いてくる事は少ない.これに対し,高温超伝導体や有機導体をはじめとするいくつかの系では電子相関の影響が大きいことがわかってきており,「電子同士の相互作用が無視できない系では,どんな変わった物理現象が起こるのか?」という研究が近年盛んに行われている.
そのような「電子相関によって起こる現象」の一つが,今回の論文の主題である「電子(電流)の粘性」だ.昔から,電流をすい流体として捉えるアナロジーは電磁気現象に多くの示唆を与えてきたが,流体においてその構成要素間の相互作用により生まれる「粘性」と同じようなものが,導体中の電子相関によって生まれることが理論的に示されている.そのため電子の粘性を測定しようという試みはこれまでにも行われているのだが,これがなかなか難しく,間接的な証拠は出ているものの,粘性により生じる直接的な現象の検出には成功していなかった.

粘性の測定が難しかった理由は,粘性が表れる温度域にある.粘性が観測されるには,粒子同士の相互作用,つまり電子同士の衝突が十分多数回行われる必要がある.これは電子の(電子同士の相互作用のみを考えた)平均自由行程がサンプルサイズよりも十分小さく,しかもフォノン(固体中の格子振動)による散乱よりも電子同士の散乱の方が遙かに多数回起こることが必要だ.
極低温ではどうだろうか?通常であれば量子現象が見やすい極低温であるが,この場合は電子が散乱を受けずにサンプルと同程度の距離を移動できてしまうため,電子の粘性を見るには不適切である.では高温になるとどうだろう?今度は温度によるフォノンの励起が増え,電子同士が衝突するのと同程度やそれ以上の頻度で電子がフォノンと衝突してしまい,やはり電子の粘性を見ることはできなくなってしまう.
そこで今回著者らが注目したのが,伝導体の次元性である.電子がフォノンにどのぐらい散乱されるかは,どのぐらいフォノンにぶつかるか,つまりフォノンの数に依存している.3次元ではフォノン(=格子振動による波)は3次元のさまざまな方向を向くことが可能であるため,フォノンの「種類」が非常に多くなる.フォノンの個数は「あるエネルギー(=振動数)をもったフォノンが励起される確率×そのエネルギーのフォノンの種類の数」であるので,3次元では非常に多くのフォノンが励起される.では2次元になるとどうだろうか?この場合,フォノンの種類(=波の向き)は2次元平面に固定されているので,3次元の自由な方向を向けた場合に比べると圧倒的に少なくなる.つまり,同じ温度で励起されるフォノンの個数が激減する(このあたりはもうちょっときちんとした議論があるのだが,今回は省略).これにより,電子同士の衝突(=相互作用)の方が十分多い回数発生することになり,粘性を見るための条件が整う.

今回著者らはこれを使い,擬二次元物質であるグラフェンを用いフォノンの発生を低減,温度を高め(極低温から300 Kの範囲で測定)にすることで電子同士の衝突を増やし,電子の粘性の測定を行った.
方法はこうだ.まず,グラフェンを基板に乗せエッチングで加工し,以下のような形状を作る.四角で塗った巨大な長方形部分がグラフェンに対応しており,A,B,C,Dの4箇所から外部の端子へ接続されている.
(以下の構造は簡略化しており,実際にはもっと多数の端子が付いている)

                   A C
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
B■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■D
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この状態で,Aの電位を正に,Bの電位を負にもっていくと,AからBへと電流が流れる.もし粘性が無ければ,この時の電流の流れは入射口であるAから放射状に電流が注入され,それが出口であるBに向かう以下の矢印のようになると考えられる.

                   A C
 ←←←←←←←←←←←←←←←←↙ ↙ ↓ ↘ ↘ ↘ ↘
B←←←←←←←←←←←←←←←←↙ ↙ ↓ ↙ ↙ ↙ ↓D
 ←←←←←←←←←←←←←←←←←←←←← ↙ ↙

この場合,電位はC>Dとなるので,A→Bで電流を流しながらC→Dで電位を測ると正の値が出る.
では続いて,電流が十分な粘性をもつ場合を考えてみよう.この場合,水中にノズルから水流を吹き込んだのと同様に,吹き込み口の周辺に渦が生じることが予想される.つまり,電流の流れは以下のようになると思われる.
(渦が回ってきてAの周辺を通過する部分は面倒くさいので気にしないでいただきたい)

                   A C
 ←←←←←←←←←←←←←←←←↙ ↙ ↓ ↙← ↖ ↖
B←←←←←←←←←←←←←←←←↙ ↙ ↓ ↘→ ↑ ↑D
 ←←←←←←←←←←←←←←←←←←↙↘→→ ↗ ↗

する今度は,A→Bに電流を流したときの電位がD>Cとなり,C→Dで電位を測ると負の電圧が観測されることとなる.

そんなわけで今回著者らはグラフェンで作ったこのデバイスで温度やキャリア密度を変化させながら(これは基板側にゲート電極を付け,そこの電位を振ることでキャリアを電子↔正孔で変化させたり,それぞれのキャリア濃度を変えたりしている),C→D間の電位を測定した.すると見事に負電位が現れ,電流(電子や正孔の集団)に粘性がある事が示されたわけだ.
さらに著者らはこのパラメータを振って得られた電位の変化から,生じた渦の径(0.4 μmぐらい)であるとか,電流の動粘度(粘度を流体の密度で割ったもの)が0.1 m2/sとハチミツより1桁以上高い高粘性な流体であること(*)などを明らかにしている.

*あくまで動粘度がハチミツより遥かに高い,という事なので,電流に手を突っ込むと凄く粘っこくなる,というわけではない(動粘度は密度で割るので,密度の低い電子の集団では値が大きくなる).
ただし,電流自体を流体として取り扱う際の運動を考えると,この動粘度は良い指標となる(流体の運動方程式自体に密度が関わってくるため).従って,電流の自体での運動は非常にねっとりとしていて,多くの渦を巻くようなものと考えても良いだろう(ただし電子の粘性が重要となるような領域での話).(2016.3.17)

 

159. 低コスト・高速充放電・超長寿命蓄電システム

"Environmentally-friendly aqueous Li (or Na)-ion battery with fast electrode kinetics and super-long life"
X. Dong, L. Chen, J. Liu, S. Haller, Y. Wang and Y. Xia, Science Adv., 2, e1501038 (2016).

不安定な自然エネルギーの利用を促進するうえで,安価で長寿命なバッテリーの開発は必要不可欠であり,さまざまなバッテリーが開発されてきている.
そもそも,Li-ion電池やNi-MH系の電池などで充放電による劣化が起きるのは,充放電に伴い電極の活物質(例えばLi-ion電池で言えばコバルト酸リチウムやグラファイト等)の構造変化が起こり,これが繰り返される事で電極の一部剥離や崩壊が起こるためである.
※実際には,電極表面が不活性な物質で覆われる効果等もあるのだが,ここではそれは無視しておく. 従って,できるだけ構造変化を起こさずに電子のやり取りを行えるような物質を活物質とすれば,その電池の寿命は大きく伸びると期待される.
さてここで,用途として自然エネルギーの平滑化などを考えたとしよう.この場合,非常に多くの電力を,しかも安く蓄える必要があり,さらに瞬時の発電能力変動にも対応できるよう充放電速度が高い事が求められる.となると電極に求められる要件としては
・構造変化を起こさず電子の授受を行える(長寿命)
・希少元素や特殊なナノ構造を使わない(低コスト)
・イオンの拡散などが律速とならない系の利用(高速充放電)
といったところになるだろうか.今回報告されたのは,群を抜いて長寿命で,しかも希少元素を使わずに実現できる水系バッテリーである.

著者らが用いたのは,水系の電池の研究などでよく用いられる3I- ↔ I3- + 2e-の反応と,NTCDAという分子をもとにしたポリイミドの酸化還元を組み合わせたものとなる(図1).前者は水溶液中でのイオンの酸化還元であるので構造変化は伴わないし,後者はC=Oのケトン部位がC-O-…M+となってイオンをくっつけるものでほとんど構造は変化しない.このため充放電での電極の構造変化がほとんど無く,劣化しにくい事が期待される.この2種の反応を組み合わせて電池とすると,起電力およそ1 V前後の電池を構成する事が出来る(実際にはNTCDAが二段階の酸化還元を示すので,話はもうちょっと複雑).実際の電池では全体のイオンのバランスをとるため,Li+またはNa+が溶液中に加えられており,これが電池中央の隔膜を通って左右に移動する事で電池として働く.このアルカリ金属イオンは単に電荷のバランスをとるためだけに入っているので,Li+をつかおうがNa+を使おうがあまり影響は無い.原料がNa+とI-,そしてポリイミドということで,この電池を作る際には資源量を気にする必要は無く,コストもかなり安くできると考えられる.

さて,論文に戻ろう.まず著者らは,それぞれ片側の電極だけでどの程度高速充放電が可能であるのかをチェックするため,電位を掃引する速度をだんだん上げていったときに単位時間あたりに流れる電流がどの程度増加するかを見ている.もし充放電が非常に早ければ(理想的には無限の速度が可能なら),電位の掃引速度を二倍にすれば電流も二倍になる.一方,通常の電池のように構造変化を伴って遅い場合には,電位の掃引を倍にしても電流値は倍までは増えない.この依存性を,I=a×vbという式で近似する事が可能である事が知られており(Iは電流,aは比例定数,vは電位の掃引速度,bは掃引速度依存性を示す定数),理想的には(=充放電が十分速ければ)bは1になり,充放電が遅いほどbは小さくなる.例えば充放電が非常に速いキャパシタなどではbはほとんど1であるが,リチウムイオン電池電極などではbは0.5程度にとどまる.
今回の系で測定すると,ポリイミド側はb=0.88程度とかなり早く,キャパシタには及ばないものの相当の高速充放電が期待できる.また対極のヨウ化物イオン側ではこれよりは劣るものの0.75程度であり,通常のリチウムイオン電池電極よりはかなり早い.

続いて実際に両極を用いて電池を構築し,その特性を測定している.1 C(充電または放電に1時間かかる電流.10 Cだとその十倍の電流となる)で充放電を行うと,183 mAh/g,約65 Wh/kgのエネルギー密度であった.このエネルギー密度は通常のリチウムイオン電池と比べると半分以下であるが,ニッケル水素電池と同程度の値となる.優れているのはその高速充放電性だ.110 C(この場合,33 秒で充放電が終わる)とかなり無理をしても95 mAhと半分程度の容量が利用可能で,220 C(16.5秒程度で充放電)でも59 mAhの容量となっている.550 C(6.6秒で充放電)という普段聞かないような大電流でも,だいぶ減るとはいえ28 mAhの容量を示した.
高速充放電性以上に注目すべきは,その寿命である.50,000回の充放電後においても初期の70 %程度の容量を維持しており,劣化は非常にゆっくりしたものとなっている.これなら毎日10回以上充放電を行っても10年以上もつ計算となる.

それほど高くはないエネルギー密度という事で小型機器の電源として使うようなものではないが,大規模蓄電システムとしては比較的安価に作成が可能で,高速充放電&超長寿命が実現できるという点でかなり面白いかも知れない.(2016.2.12)

 

158. ブロック共重合体を用いた3次元メソポーラス超伝導体の作製

"Block copolymer self-assembly-directed synthesis of mesoporous gyroidal superconductors"
S. W. Robbins et al., Science Adv., 2, e1501119 (2016).

物体をナノサイズ化したり,ナノレベルの構造をもつように加工すると,バルク(巨視的)の物体とは異なる特性を示す事が知られている.そんなナノ構造化による特性の変化が注目されている物質の一つが超伝導体だ.例えば薄膜の超伝導体は,基板との相互作用による格子歪みであるとか電荷移動による電荷の注入などによりバルクとは全く異なる転移温度を示す事があるとさまざまな報告が成されている.今回の著者らが取り組んだのはナノサイズの穴が無数に空いた超伝導体であるが,このような超伝導体では臨界磁場(大雑把に言うと,この磁場以上では超伝導が破壊されるという磁場)や臨界電流(これ以上の電流を流すと超伝導状態が破壊される電流)などに変化が現れると考えられている.これは,例えば磁場をかけられた場合,磁束がこの超伝導体に空いた無数の穴にトラップされ,超伝導体そのものに対しては磁束が触れていない,というような状態が実現できる事などに由来する.
また,超伝導体中の電子対の波動関数の広がりよりも十分狭い範囲でナノ構造があったら超伝導状態はどうなるのか?であるとか,メソスコピックなサイズでらせん構造などカイラルな構造をもたせたらその超伝導状態はどうなるのか?(反転対称性の破れによる影響が出るのか?)など,さまざまな面白い物理が潜んでいると考えられている.

さてこのようなナノ構造をどうやって作ればよいのだろうか?近年のナノ技術の進歩により,さまざまなナノサイズ,メソサイズ(10-100 nm程度)の構造をもった物体の作製が可能となってきているが,量産という観点からは高度なナノ加工技術よりも,物体が自発的にさまざまなナノ構造をとる自己組織化的な手法の方が優れていると言える.今回著者らが注目したのが,そのようなナノ構造形成手法の一つ,高分子の利用である.
比較的疎水性の高い分子と親水性の分子をブロック共重合(それぞれの要素が,ある程度別個に固まって重合)させた分子では,組成などをうまく選ぶとジャイロイドやダブルジャイロイド(このページの赤青の図)といった3次元構造をとる事が知られている.著者らは,ブロック共重合体と,ニオブ錯体を含むゾルを混合する事により,これら2成分をダブルジャイロイドとして固定.これを450 ℃で焼成すると高分子部分が燃焼により空隙となり,ゾル部分がジャイロイド構造を維持したまま酸化ニオブへと変換される.その後アンモニア中で700 ℃に加熱する事により酸化ニオブを窒化ニオブに変換,構造がしっかり固まってからさらにアンモニア中で865 ℃に加熱する事で超伝導を示す窒化ニオブジャイロイドを得た(この最後の行程が無いと,きれいな結晶にならないらしい).

得られたサンプルは電顕で確認すると非常にきれいに周期的な穴の空いた構造をとっており,さらにX線の結果(格子定数)からもジャイロイド構造が維持されている事が伺える.低温(超伝導状態)での反磁性を測定すると,体積に比べ非常に小さな反磁性のみを示し,磁束が穴を抜けている事も確認できた.ただし,作成時の加熱温度等に制限があるため(上げすぎたりすると穴が潰れて単なる塊になってしまう)サンプルの結晶性かドープ量か何かが最適化できず,転移温度はバルクの16 Kに対し7 Kとだいぶ低くなってしまっている(熱処理の時間や温度によっては,そもそも超伝導を示さない事もあるらしく,条件検討が難しかったらしい).

さて,これがどんな素晴らしい結果を導くか……というと,残念ながら現状では特に面白い結果は得られていない.前述の通り,まずそもそもの超伝導体としての出来が微妙である事なども効いているのだが,ちょっと肩すかしではある.
高分子の自己組織化的ナノ構造形成を利用して超伝導体をナノ加工する,というのは大変面白いのだが,論文を見る限り条件決めはかなり難しく,また今後どの程度他の物質などへ応用できるかも未知数である.これがもうちょっと汎用性があるように進化できれば,なかなか面白い研究に繋がりそうなものなのだが,果たしてどうなる事か……(2016.2.9)

 

157. CdSナノ粒子と細菌のハイブリッドによる半人工光合成系

"Self-photosensitization of nonphotosynthetic bacteria for solar-to-chemical production"
K. K. Sakimoto, A. B. Wong and P. Yang, Science, 351, 74-77 (2016).

持続可能な社会の構築等の観点から,光合成などの光反応による各種有機物の合成が注目を集めている.しかしながら,天然の光合成系では作製できる有機物が限られていたり多種多様な産出物から目的分子を分離するプロセスが面倒であったり,効率の悪さが問題となってくる(照射光のエネルギーに対する効率で見ると,自然界の光合成は1%前後の効率しかなくかなり低効率のプロセスになる).一方,無機材料などを利用した人工光合成系も,効率の低さや生産できる有機物の種類の少なさ,(生物のもつ自己複製や自己修復機能を持たないがゆえの)長期使用時の劣化などこちらはこちらで問題を抱えている.今回著者らが目指したのは,自然界の細菌の持つ自己増殖,自己修復性や有機物の生産能力といった利点と,無機材料のもつ光利用効率の高さを兼ね備えたハイブリッド系の構築である.

著者らが目を付けたのが,今回実験でも用いられたMoorella thermoacetica(以下,単に「細菌」といった場合はこれを指す)に代表される好熱性酢酸生産菌である.これらの細菌類は通常は水素や一酸化炭素をエネルギー源として二酸化炭素から酢酸(等)を合成する能力(Wood-Ljungdahl経路)を持っているのだが,この経路を(水素や一酸化炭素のかわりに)電極などから送り込まれる電子(と,合成の原料となる二酸化炭素)を使って駆動する事が可能なことがこれまでに報告されているのだ.要するに,この細菌と,光によって駆動できる電子の供給源さえ用意できれば,光照射のもとで二酸化炭素から酢酸を合成出来る,という事になるわけだ(そして,生産された酢酸は各種有機合成の出発点に利用できる).
今回の研究で著者らは,この細菌に組み合わせる電子源としてCdSナノ粒子を選択した.CdSはカドミウムイオン(Cd2+)と硫化物イオン(S2-)が溶液中に存在すれば迅速に沈澱するのだが,この硫化物イオン,細菌の培養液中に硫黄を含むアミノ酸であるシステインを加えておくとこれが代謝によって分解され,自動的に発生するのだ.すると何が起こるのか?この細菌の培養液中に薄めのカドミウムイオンとシステインを加えておくと,細菌が生きて増殖していくのに合わせシステインを分解,生じた硫化物イオンがカドミウムイオンと組み合わさり,細菌の表面にCdSナノ粒子が勝手に生成するのだ.このため,CdSが劣化したり細菌から剥がれ落ちたりしてもまたCdSナノ粒子が再生されるし,細胞分裂を起こした場合にも新たに増えた細菌にもCdSナノ粒子が自動で装着される.
CdSは昔から光導電セルとして利用されている事からわかるように,光があたると電荷分離を起こし電子とホールを生じる.生じた電子は細菌側に移動し,この還元力を利用して細菌がWood-Ljungdahl経路をぶん回し,二酸化炭素から酢酸を合成する.一方のホールは溶液中の何らかの分子を酸化することに使われる(今回のセッティングだと培養液中のシステインが酸化される).
つまり,光合成能力を持っていなかった細菌にCdSナノ粒子をくっつける(というか,培養液にカドミウムイオンとシステインを加える事で,細菌自身にナノ粒子を作らせる)ことで,光+二酸化炭素→酢酸,という半人工光合成系を作れるわけだ.

著者らはまず,この発想がうまくいくかどうかを溶液中に出てくる酢酸の濃度を測定する事で確かめている.CdSをくっつけた細菌を培養液中にいれ光(405±5 nm)を当てると,照射時間と共に酢酸の濃度が確かに増大していく事が観測された.同時に,細菌もエネルギーを得て増殖している.一方,同様にCdSを付けた細菌を培養液にいれ暗闇の中に入れておくと,酢酸濃度は自然分解により初期値から減少し,個体数も減少していった(使用できるエネルギー源が存在しないため死滅していく).対照実験として死んだ細菌にCdSナノ粒子を付けて光を照射した場合にも,酢酸の増加は見られなかった.つまり,酢酸濃度の増加は「生きた細胞」と「CdSナノ粒子」の両方が必要である事がわかり,目論見通り両者が協同して働く事で半人工の光合成系となっていることが示唆された.

当てる光を強くしていくと,酢酸の生成速度は次第に速くなるものの,量子収率(「吸収された」光のうち,酢酸生成に利用された量)は減少していった.ただ,ある程度以上強い光を当ててしまうと細菌は一気に死に始める.これは,細菌表面でのCdSによる電子の生成が多すぎ,細菌の細胞自体が破壊されてしまうためだと考えられる.最も量子効率が高かったのは,光をほどほどに弱めた状態で細菌濃度を高くした場合(つまり,細菌一つあたりの光量をかなり絞った状態)だ.この状態だと,量子収率は85%程度に達している.

面白いのは,昼-夜のサイクルを再現した「12時間光照射,その後12時間暗黒,というサイクルの繰り返し実験」の結果だろう.この場合,酢酸濃度は光を当てていない時間にもほぼ同じようなペースで増大していったのだ.著者らが推測しているように,これは細菌がまず光が当たっている間に中間物質のようなものを体内にため込み,実際の酢酸を合成する反応はこの中間物質を消費しながらもっとゆっくり進行しているためであろう.著者らが実験を行った照射時間の範囲内(最大24時間)で言うと,大雑把に,光を照射していた時間と同じかその倍の時間ぐらいは暗黒中でも酢酸の生成反応を進められるらしい.

最後に著者らは,実際の光照射のもとでのエネルギー変換効率を求めている.この場合では,光のスペクトルとしてはAM1.5(日本などの緯度あたりでの太陽光のスペクトル),光のエネルギー密度は2 W/m2(これはかなり弱い.日本あたりでの昼の日光の1/500程度に相当.前述の通り光が強いと効率が落ちるので,かなり弱めている?)である.この条件で酢酸を作製させたところ,照射光に対するエネルギー効率はおよそ2.44±0.62%であった.これは典型的な植物や藻類の光合成における効率である0.2〜1.6%に比べかなり高いと著者らは述べている.
また,著者らはこの研究の意義として効率以外にも,例えば各種の細菌類やその遺伝子操作体を利用する事で産出物をもっと別の化合物にすることが可能であったり,今の実験条件では無駄に捨てられているホール側も何らかの酸化反応に使う事でよりエネルギー効率を上げられる可能性だったりについて言及している.

現時点での実用性はともかくとして,ある種,細菌のサイボーグ的なものを作って光合成やらせようという点は非常に面白いと感じた.確かにこういった手法なら光合成できる植物や藻類にこだわる必要もなくなるわけで,今後選択肢がだいぶ広がる可能性がある.(2016.1.14)

 

156. 多孔質『液体』

"Liquids with permanent porosity"
N. Giri, et al., Nature, 527, 216-220 (2015).

ナノ〜メゾスコピックなサイズの穴が無数にあいた多孔質物質,例えばシリカゲル,活性炭,ゼオライトなどは,ガス吸着やさまざまな分子の選択的な分離,触媒担体としての利用など,工業的にさまざまな分野で使用されている.さらに,近年の向上等における排ガス処理の要求のもと,各種ガスの選択的分離への応用を目指し各地で研究が行われている.
このように固体の多孔質物質は確かに非常に便利であるのだが,固体であるがゆえに移送などの面では取り扱いが面倒であることも否めない.例えば液体であればポンプを使って連続的に移動させる事が可能であり,吸着・反応・脱着などを位置を変えながら連続して行うフロー処理・バッチ処理に向いている.これが固体となると同様の事を行うのはかなり難しくなってくる.
連続処理に適した液体に,気体の吸着・分離に向いた多孔質構造をもたす事は出来ないのだろうか?液体というものが刻一刻と変化する構造をもっている事を考えると,これは不可能な目標にも思えるのだが,それを見事な分子設計で実現したというのが今回の論文である.

「液体に無数の細孔をもたせる」手法として著者らが用いたのが,「籠状の分子を,その入り口よりも大きな分子からなる液体中に無数に分散させる」というものである.実際の分子の形は論文のFigure 1の下段左を見ていただきたいが,分子形状としては8面体の4つの面がベンゼン環で塞がっていて,残り4つの面が入り口としてあいているような籠状分子を中心として,6つの頂点位置から溶解度を上げるためのクラウンエーテルが生えているような構造となっている.この籠の内部空間は直径およそ5 Å,入り口のサイズは4Å程度である.そしてこの分子を,クラウンエーテルの一種である15-crown-5(Figure 1の下段中央の分子)に溶かす.
15-crown-5は室温でギリギリ液体な分子であり,籠状分子のもつクラウンエーテル部位とも当然ながら親和性が高く,この籠状分子を良く溶かしこむ.その量,なんとクラウンエーテル12個に対し籠状分子1つ.これは籠状分子の巨大さを考えると驚異的な比率である.なにせ質量%で言えば溶液の44%が籠状分子という計算になり,もはや「籠状分子が溶けた溶液」というよりは「籠状分子とクラウンエーテルがごちゃ混ぜになったシロップ」といった方が近そうだ.
溶液にクラウンエーテルを使う事の利点としては,15-crown-5が円盤状の比較的がっしりとした分子である点が挙げられる.この円盤サイズは籠状分子の入り口よりも大きいので,籠状分子の内部空洞は溶液中であっても空っぽのまま保たれる(15-crown-5は大きすぎて入れない).実はこれまでにも籠状分子を溶液に溶かす事で多孔質液体を作ろうという試みはあったのだが,それらで使われていた炭化水素系の溶媒分子は紐状の部分をもつため籠の内部に侵入してしまい,細孔を埋めてしまっていたのだ.

という事で完成したこの液体,本当に多孔質になっているのかを著者らは確かめている.
まずは単純計算.これだけの籠が溶けていると,どの程度の孔空間が存在しているのかを見積もると,溶液の体積のおよそ0.7%程度と求まった.さらに分子動力学計算で15-crown-5が確かに籠状分子に入らず,内部が空洞のまま維持されている事も示唆された.
とは言えこれらはあくまでも机上の計算である.そこで実測として,放射性元素から出る陽電子を用いた測定を行っている.物質中に打ち込まれた陽電子は,通常の電子と単寿命の疑似原子(電子と陽電子が互いの周りを周回する状態.その中でも寿命の長いオルトポジトロニウムを使用する)となる.何も無い空間中ではこの疑似原子は100ナノ秒以上の長い寿命をもつのだが,物質に衝突すると迅速に分解して消滅する.細孔内では物質になかなか当たらないので寿命が長く,空洞の部分が大きければ大きいほど寿命は長い.この陽電子寿命測定法により細孔径を見積もると,およそ直径5.5 Åの空洞があるということになり,これは籠状分子の内部空洞のサイズに一致する.つまり,溶液中でも確かに籠の中は空になっており,液体自体が「多孔質液体」となっている事が実証されたわけだ.

という事で多孔質である事が実証されたので,次はここに実際にガスを吸着させている.二酸化炭素,キセノン,メタンなどさまざまなガスが吸着できるようだが,例えば1気圧のメタンでは単なる15-crown-5の液体中への溶解度が6.7 μmol/gなのに対し,籠状分子を加えた多孔質液体では52 μmol/gと,7.7倍もの気体を吸蔵する事が出来た.多孔質性の明らかな現れである(ただし,この値は一般的な多孔質個体に比べると少ない).

著者らは最後に,15-crown-5が籠の入り口より大きいからこそ多孔質性が出ている事をこれ以上なく明白な実験で示している.
まず,この多孔質液体にキセノン(等)を吸着させる.溶液中の15-crown-5は大きいので籠には入れず,籠の中はキセノンで埋まる事になる.そこに溶液の体積の1%強のクロロホルムを加えるのだ.クロロホルムのサイズは小さく,この籠状分子の中へと侵入する事が出来る.すると,もともと溶液に溶けにくいキセノンは液体からどんどん追い出され,かわりに籠の中にはクロロホルムが居座る,つまりほんのちょっとのクロロホルムを滴下するだけで,吸着していたガスを放出させる事が出来るわけだ. この実験の様子はSupplementary informationのVideo 1として公開されているが,多孔質液体だけの場合は撹拌してもほとんど気泡が発生しない(=吸着したキセノンがそのまま残っている)のに対し,そこに少量のクロロホルムを加えたものは撹拌と共にどんどんキセノンの泡が生じ,ガスが放出されている事がわかる.
(なお,サンプル瓶中で回転している白い塊は撹拌するための回転子である)

液体に多孔質性をもたせる,というのは非常に面白い発想であった.(2015.11.20)

 

155. メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌は直接電子をやり取りしている

"Single cell activity reveals dirext electron transfer in methanotrophic consortia"
S. E. McGlynn, G. L. Chadwick, C. P. Kempes and V. J. Orphan, Nature, 526, 531-535 (2015).

堆積した有機物は(浅い部分なら)細菌により分解されメタンを発生する.嫌気性条件下,例えばある程度の深さの地中や海底中では,このメタンは古細菌の一種である嫌気性メタン酸化細菌により酸化され(*),分解される.各所から発生するメタンは温室効果を通し環境に大きな影響を与えるため,放出されるメタンを減らしているこのメタン酸化プロセスに関する研究が最近注目を浴びている.

*当然ながら,酸素の存在する環境では嫌気性細菌は生きていけないため,好気的メタン酸化細菌がメタン酸化を担っている.

さてこの嫌気性メタン酸化細菌,多くの場合で硫酸塩還元細菌などと入り交じった集合体を形成しており,単独での培養は非常に難しい事が知られている.メタンを酸化するには,何かを還元しなくては化学的にバランスがとれない.そこでこの二種の細菌の間には化学的な共生関係,つまり嫌気性メタン酸化細菌がメタンを酸化しかわりに何か中間体を還元,これを細胞外に放出し,それを受け取った硫酸塩還元細菌が硫酸イオン中の硫黄を還元するかわりにこの中間体を酸化する,という共生関係が成り立っているのではないかと推測されている.
今回の論文は,この共生関係をよく調べてみた結果,「中間体という分子の形で受け渡ししているのではなく,直接電子をやり取りする事で互いの酸化還元を効率よく進めているのではないか?」ということが示唆されたというものになる.

研究に用いたのは代表的なメタン酸化細菌の一つであるANME-2と硫酸塩還元細菌との集合体(各集合体は,2種類の硫酸塩還元細菌のどちらかのみを含む)であり,全体で62の集合体(細胞数で合計5453)を調べている.各細胞がどの細菌なのかはFISH法(蛍光標識により細胞を識別する手法)を用い,各細胞の活動状態(どの程度メタン酸化や硫酸塩還元が行われているか?)は,15Nで標識した培地を用い,各細胞ごとにSIMS(イオンをぶつけ表面の物質を一部はぎ取り,それを質量分析に×手法)でどの程度15Nが取り込まれているかを見る事で間接的に調べている(活動が活発だと,培地中の栄養素をより多く取り込むため,15Nの量が増える).

著者らがまず調べたのは,メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌との活動具合の相関である.もし両者が単に混ざっているだけで相互作用が無いのなら,両者の活動の間の相関は低くなるだろう.実験結果では,ある集団中のメタン酸化細菌の活動が活発ならば,それに伴って硫酸塩還元細菌の活動も活発である,という直線関係がきれいに見えていた.これは,今までの研究から推測されるとおりの,両者の共生関係を示唆している.
問題は次の実験だ.次に行われたのは,メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌との混ざり具合と,各細胞の活性の相関である.単純に考えれば,両者が良く混ざっている方が酸化/還元過程で生じる中間体の受け渡しが容易になる=両者における酸化還元反応(=エネルギーを取り出す反応)がスムーズに進み,より多くの15Nが検出されるはずであった.
ところが実験の結果を見ると,両者の混ざり具合と活動の活発さの間には,ほぼ相関がないように見受けられたのだ.つまり,平均的な相手までの距離が長かろうと短かろうと,活性にはほとんど影響が無いような結果が得られている.これを「中間物質の受け渡し」というモデルで説明しようとすると,尋常でなく拡散速度の速い分子を想定しなくてはならず,非現実的である.従って,これまで考えられていたような「酸化還元の途中で何らかの物質を受け渡ししている」という仮定はかなり苦しくなってくる.

著者らが実験結果から支持しているのが,メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌との間での直接的な電子のやり取りだ(この説自体はこれまでにもあったものの,主流ではなかった).
実はこのメタン酸化細菌,非常に多数の鉄イオンを含むチトクローム系のタンパク質を作っている事が知られている.チトクロームは鉄イオンの酸化還元を利用して電子をやり取りする事が可能なタンパク質で,生体内でのさまざまな酸化還元反応に関わると共に,電子を非常に流しやすいタンパク質として知られている.今回著者らが染色と電顕を組み合わせて観察したところ,このチトクロームが他の細胞との接触点や,細胞外の部分においても存在している事が明らかとなった.
つまり今回用いたメタン酸化細菌は,細胞外膜にチトクロームを埋め込んで外部と電子の移動がしやすくなっており,さらに溶液中にチトクロームをばらまく事で(?)近隣の住人との間で電子の移動をやりやすくしている,と考えられるわけだ.
という事で,今回の実験結果をもとに著者らの考えるモデルとしては,
・メタン酸化細菌はチトクロームを多数生成・排出する事で,自分の周辺で電子が移動しやすくしている.
・メタンの酸化により発生した余分な電子は,このチトクロームを通し離れた位置にいる硫酸塩還元細菌に押しつける.これによりメタン酸化が少ない労力で行くようになる.
・硫酸塩還元細菌は,もらった電子を有効活用し,少ない労力で硫黄を還元することが出来る.
というわけだ.

近年,微生物同士の電気的なネットワークの存在がいくつも明らかとなってきている.今回の発見もそれに繋がる研究の一つである.これまで見過ごされてきた「電気通信」,今後の進展次第ではかなり面白い事が出てくるかも知れない.(2015.11.10)

 

154. マイクロRNAは生物の行動の制御にも関わっている

"MicroRNA-encoded behavior in Drosophila"
J. Picao-Osorio, J. Johnston, M. Landgraf, J. Berni, C. R. Alonso, Science, in press (2015).

かつての「生物の構造はDNAの塩基配列のみで決定されている」であるとか「DNAの情報は原本であり,そこからRNA,タンパク質へ一方向に情報が流れ機能を発揮する(セントラルドグマ)」という素朴な見方は,近年の分子生物学の驚異的な進歩により大きな修正を受けている.例えば細胞は周囲の環境条件に応じDNAに対しメチル化などの修飾を行い,塩基配列はそのままにDNAの発現量を制御しているし,最近では親の経験(による影響)がmiRNA(*)等を通して子に伝わるという,ある意味獲得形質の遺伝の現代版のようなメカニズム(**)も明らかになってきている(中身は大きく異なるが).

*miRNA(マイクロRNA):タンパク質には翻訳されない,短いRNA.多くの場合,他の翻訳されたRNA(こちらはさらにタンパク質へと翻訳される)にくっつき翻訳を阻害する事で,タンパク質への発現量を減らすという制御機能を担っている.

**親の細胞中でのmiRNAの発現量やDNAの修飾などは,親の経験(受ける刺激等)により変わる.その効果は親の体内で作られる精子や卵子の細胞でも例外ではなく,その結果受精卵の細胞がもつmiRNAなどの量に差が出てくる.すると,胎児の発達初期での遺伝子の発現量が(親から引き継いだ)miRNAの調整を受け,各部の発達具合に微妙な変化を及ぼす.これにより生まれてきた子のマウスの行動が影響を受けている事が報告されている(Nature Neurosci., 17, 667-669 (2014), PNAS, 111, 12222-12227 (2014)他).

DNA中でのmiRNAへと翻訳される領域はかつてはジャンクDNA(タンパク質に翻訳されない,何のためにあるのかよくわからない領域)などと呼ばれていた部分であるが,そこから翻訳されるmiRNAは上記の例が示すように重要な役割を担っていると考えられるようになってきた.しかしながらその働きの多くは未だ闇に包まれている.今回報告されたのは,そのようなmiRNAが成長した個体において直接的な行動に結びついている,というものである.

著者らが用いたのはショウジョウバエの幼虫(いわゆるウジ虫)で,miR-iab4/8というmiRNAの部分が変異している.このmiRNAはホメオティック遺伝子(Hox gene,体節構造を作るための遺伝子であり,胚発生時に組織の発生する向きや位置を制御する.これが変異を起こすと変な位置に組織が出来たり,ある場所の組織が本来とは違うものに置き換えられたりする)の一つであるUltrabithoraxを抑制する働きがある.
このmiRNAを作る部位が変異していても幼虫の体組織や神経系の構造は野生型と全く同じであったのだが,たった一点だけが変化していた.それが幼虫がひっくり返されたときに,正しい向き(背側を上)に向き直れるかどうか,という点である.
野生型の場合,ひっくり返された状態から頭をぐいっと横に曲げながら体全体を回転させるようにして正しい向きへと戻る事が出来た.ところがmiR-iab4/8に変異をもつ幼虫の場合,ひっくり返された状態から元に戻ろうともがくものの,頭を単に曲げて戻したりするだけで,なかなか元には戻れなかった(Supplymentary MaterialsのMovie S3とS4の比較).

さて,この違いは本当にmiRNAの有無の影響なのだろうか?当然ながら,このmiRNAがうまく発現していないために発生自体がきちんと出来ておらず,そのせいで運動機能が障害を持っているという可能性ももちろんある.そこで著者らはいくつかの実験を行った.
まず,顕微鏡観察による体組織および神経系の観察では,目立った差異は観察されなかった.また,このmiRNAが抑制する対象であるUbxを過剰に発現させた系(つまり,miRNA自体は正常だが,それでも打ち消しきれないぐらいに異常な量のUbxを発現させた系)でも同様の変化が観測された.さらに,GAL4-UAS/GAL80ts(***)などを利用する事で,胚発生,つまり組織が作り上げられるまでは正常通りで,その後Ubxを大量発現させた幼虫を作ると,こちらもまた体の向きを正常に戻す事には失敗した.同じ変異系統であってもずっと低温飼育を行いUbxの発現量が通常通りのものだと,今度は正常に体の向きを戻す事が出来た.

***酵母の配列を用いた手法.GAL4を作る部位をDNAに組み込んでおき,さらにUAS配列を発現させたいDNAの前の部分に挿入しておく.さまざまな要因でGAL4タンパクが作られると,GAL4がDNAのUAS配列に特異的に結合,それに続く部分の発現を引き起こす.ここにさらに温度感受性のあるGAL80ts(18 ℃程度ではGAL4の活性を押さえ込むが,29 ℃程度ではその機能が無くなる)を組み込んでおくと,低温ではGAL4が出るもののその効果がGAL80tsにより打ち消され,通常通りの発現を起こす.特定の時期で生育温度を29 ℃に上げるとGAL80tsの効果がなくなり,GAL4がUAS以下の遺伝子を発現させる.これにより,「生物の生育などにおけるある時期だけ,特定の遺伝子を発現させる/発現させない」という実験が可能になる.

つまりこの実験からわかる事は,
・正常な構造をもつ幼虫であっても,Ubxが大量発現していると体の向きを元に戻す運動に失敗する.
・Ubxを押さえる働きを担うmiRNA部位が変異していると,同様に失敗する.
という事である.Ubxの発現を調節する事で,miRNAが運動そのものに影響を与えていたわけだ.著者らはもうちょっとだけ細かく調べていて,どの部位の神経節がこの寝返り運動を制御しているのかを決め,どうやらその神経の活動にUbxが関与しているようだよ,というような事が書いてあるが,細かくて良くわからんので割愛.

という事で「かつては何に役に立つかわかっていなかったmiRNAは,生物の運動という,神経系の働きだけで説明できると思われていたようなところにも結構食い込んでいるよ」と.
どうしても我々は「脳が指令を出し,それによって生じる神経系の刺激で運動が起こる」と考えがちであるが,(少なくとも生物の一種の,その中の一つの運動に関しては)細胞中のDNA(から転写されて作られるmiRNA)がそこに影響を与えているというのは私にとってはなかなか刺激的で興味深い論文であった.
ここ最近の研究の進展を見ていると,DNAというのは単なる情報のストレージではなく,それ自体が動的に展開したり修正を受けたりするような,メモリやプロセッサとしての機能まで持っているという事がよくわかる.
(そういった働きを起こすには,周辺に存在する各種タンパク質等まで含めた非常に広い系が必要であるが)(2015.10.28)

 

153. 単純な構造で実現されたナノサイズの厚みの不可視化クローク

"An ultrathin invisiblity skin cloak for visible light"
X. Ni, Z. J. Wong, M. Mrejen, Y. Wang and X. Zhang, Science, 349, 1310-1314 (2015).

波長よりも小さいナノサイズのアンテナ構造を組み合わせると,光に対する応答が通常のバルクの物体とは異なる,例えば負の屈折率を持つ「異常な」媒体を作ることが出来る.こういった物質はメタマテリアルと呼ばれ,波長限界を超える分解能を実現するスーパーレンズや高い光吸収率を実現するコーティングなど広い分野での応用が期待されている.そんなメタマテリアルの応用の中でも,最も有名なものは不可視化クロークであろう.
不可視化クロークとは,例えばあらゆる方向からの入射光がぐるっと迂回し,それぞれのちょうど反対から透過していくような囲いであり,もしこれが実現すれば(対応する波長の)光では対象物を見ることが出来なくなるような性質を持っている.不可視化クロークは実用上も非常に大きな可能性を秘めているものであり数多くの研究が行われた結果,最初は電波領域でしか利用できなかったものが,可視光域で動作するようなものまで作成されている(ただし,適用できるのは現時点では特定波長だけである).

発展著しいメタマテリアル&不可視化クロークであるが,現状では様々な問題も知られている.例えば多くの構造では(※不可視化クロークを実現するための構造には何種類もある)対象物を十分包み込むだけの分厚い被覆が必要であり,そのような「ナノ構造の分厚い集合体」を作成できるような手法は現時点では存在しておらず,非常に小さな物体を不可視化することしか出来ない.また大部分の手法では,反射光の強度は物体が存在しないときと同様なものを実現できるが,その位相が(物体が無いときと比べ)変調されてしまい,干渉計のような測定手段に対しては不可視化が無効となってしまう.

今回著者らが報告しているのは,非常に簡便&薄膜状の構造で実現でき,しかも位相まできちんと再現した不可視化クロークである.
構造は非常に単純で,不可視化したい立体(今回の場合,厚みがサブミクロン程度の凹凸であるが,原理的には巨視的な物体でも適用可能らしい)の表面に薄く金を蒸着し,その上に誘電体としてMgF2を乗せ,さらに最表面に金の長方形の島を互いに隙間を空けマス目状に乗せたものとなる.この3層構造で,厚みはわずか80 nmとなっている.
最表面の金の島とその2層下の金シートは誘電体であるMgF2を通して強く誘電的に結びついており,共鳴的なプラズモンを発生させる.これが入射してきた光と共鳴することで反射光の位相を大きくシフトさせるのであるが,この位相のシフト量は最表面の島の幅に依存することが知られている.つまり,どの位置にどんな幅の島を並べるかにより,反射光の位相を自由に設計することが出来るわけだ(ただし,固定化した構造なので,一度設計したらその形の反射波しか作ることは出来ない).
ここまで来れば話は簡単である.各部で発生する波の位相がコントロール出来るということは,反射波の波面を(位相も含め)制御出来ることに等しい(cf. フェイズドアレイレーダー).従って,表面の凹凸に対応したあるパターンを表面に刻んでやれば,まるでその凹凸が無く,均一な平らな平面から光が反射してきているのと同じ反射波を返すことが可能となるわけだ.

具体的にどんな構造化という模式図は,プレスリリースの右上の図を見ていただきたい.表面の凹凸具合に応じ,長方形の島の幅を変えたパターンを表面に作成する.すると,これらの無数の島からの反射波を合成したものは,まるでこんな凹凸など最初から存在しないかのような平面波として反射されるのだ.
なお,今回の実験では長方形状の島の2方向の幅(xとy)のうち,片方のみを変化させている(例えばx方向としておこう).こうすると,入射光の偏光方向がxに平行の時にのみ不可視化が働き,偏光方向をyへと切り替えると不可視化効果が働かなくなる.これを使って不可視化のon-offを実演し,本手法が不可視化に有効である事をデモンストレートしているわけだ.当然ながらxだけではなくy方向も同じように幅を変化させると,あらゆる偏光方向の光に対して不可視化効果を発揮することが可能である.

実際に不可視化がどのように見えるのかはYoutubeにムービーとしてアップロードされているのでそちらを見ていただきたい.基板表面に深さ400 nm,幅10 μm,長さ数十 μmの溝が二本並べて掘ってあり,その表面に不可視化加工(金蒸着,MgF2蒸着,計算された形状に無数の島状に金を蒸着)してある.最初は溝が見える向きの偏光を当てており,立体的な構造が見えているが,偏光方向を90度回すと溝が見えなくなってしまう.そして最後に再び偏光方向を戻すとまた溝が見える.つまりこれは,ある偏光方向の光に対し不可視化がされている,と言うことだ(前述の通り,全方向の偏光方向に対し不可視化することも可能であるが,比較実験のため片方のみに対応させている).
なお,本手法で不可視化できるのはプラズモンの共鳴による位相シフトが狙った値付近になる場合だけであり,その有効は超範囲は狭い.例えばSupplementary MaterialsのFigure S4に照射波長を変えた場合の例が載っているが,710-750 nmの光に対してはほぼ不可視化できているものの,770 nmあたりからはだいぶ凹凸が見えるようになっている.ちなみに,入射光は設計時の中心から30度以内程度の入射角であれば不可視化の効果があるらしく,そこそこ広い(これを超える角度で入ってくると,凹凸の影響が消しきれない).

相変わらず波長域は狭いとは言え,可視広域で,しかもこれだけ単純&非常に薄い被覆構造で不可視化を行えるというのはたいしたものだ.この分野の発展は非常に速く,今後の進展が楽しみである.(2015.9.20)

 

152. 超高圧下で現れるH2SのBCS超伝導

Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressure in the sulfur hydride system
A.P. Drozdov, M.I. Eremets, I.A. Troyan, V. Ksenofontov and S.I. Shylin, Nature, 525, 73-76 (2015).

超伝導は理論的にも実用上も非常に興味深い巨視的量子現象である.特に実用面からは超伝導転移温度上昇への要望は強く,高温超伝導フィーバー以降,各国でさまざまな物質開発が試みられてきているのはご存じの通りだ.
しかしながらこの超伝導転移温度,近年は頭打ちとなっていた.例えばいわゆる格子振動によりクーパー対が形成されるというBCS理論で説明できる「従来型」の超伝導体だと,2001年に発表されたMgB2の39 K(Tonset=超伝導で抵抗が急落し始める温度で定義.以下同様)が最高温度であろう.
BCS理論では説明できない,クーパー対の形成に高度な電子相関や磁気的相関などが絡む系(銅酸化物系やFeAs系など.いわゆる高温超伝導体の大部分)の転移温度も,HgBa2Ca2Cu3O8+δが常圧下で133 K,高圧下で166 Kで頭打ちとなっている.

さてここで,細かなメカニズムが長年にわたって謎となっている高温超伝導体は置いておいて,古典的なBCS理論で説明される従来型の超伝導体に話を絞ろう.この従来型超伝導体の転移温度,限界は一体どこにあるのだろうか?これらの超伝導体はBCS理論できれいに説明できるため,転移温度も大まかに算出できる.BCS理論によれば,超伝導転移温度は大まかにデバイ温度(これはデバイ振動数に比例する)×exp(-1/(電子格子相互作用の強さ×電子の状態密度))に比例する.要するに,格子振動の振動数が高くて,電子と格子との結び付きが強く,そしてフェルミ面付近に電子がいっぱいいれば転移温度が高いわけだ.
このBCSモデルに基づくと,水素を含む化合物では転移温度が高くなる可能性が指摘される.というのも水素原子は軽いため振動数が高く,これと電子が強くカップルすれば高い転移温度が実現できるためだ.実際,高圧下の水素分子や超高圧下で解離した原子状水素の圧縮体では300 Kを超えるような,室温以上での超伝導も可能であると計算されている(とは言え,水素は金属化すら満足にできていない状況なので,超伝導など夢のまた夢であるが).

水素そのものは固体化に超高圧が必要なので非現実的としても,ある程度重い元素の水素化物,例えばSiH4SnH4などは高い超伝導転移温度が期待される有望な系だ.これらの物質中でも水素原子は高い振動数を保ち,また重原子の低い振動数を介して電子とも結びつきやすいため,トータルで高い転移温度が期待されている.ところが現実には,こういった水素化物における超伝導転移温度はわずか17 Kにとどまっていた.
そんななか今回の著者らは,水素化物の一つであるH2Sに注目した.この物質は(毒性はあるものの)入手は容易だし反応性もそんなになく取り扱いも簡単,ちょっと冷やして圧をかければ簡単に液化・固化するなど取り扱いが楽であり,しかも理論的には100 GPa程度かければ80 K程度の転移温度で超伝導に転移すると予測されている.
というわけで実験をしてみたら,予想通りの高い転移温度と,予想外の非常に高い転移温度が見つかった,というのが今回の報告である(発表自体は去年末頃にはもう出ていたのだが,それからデータを精密化したり実験を増やしたりしてようやく発表,という感じか).なお,H2Sは温度-圧力相図で非常に複雑な振る舞いをすることが知られており,これが後々関係してくる.

結果を見てみよう.通常の実験では,著者らは200 Kで圧力をかけ,その後温度を下げて挙動を観察している.これがきれいなサンプルを得る上で重要らしい.かける圧力が50 GPa(1 GPaはおよそ1万気圧)を超えてくるとサンプルはかなり導電性を示すようになる(ただし半導体).90-100 GPaぐらいになると抵抗はかなり下がり,温度依存性は金属的で低温ほど低抵抗を示すようになる.ただそれほど良い金属とは言えず,導電性はやや低めだ.
100 GPa以上の圧力で温度を下げていくと,ある温度(100 GPaを少し超えた当たりで,30 Kあたりか)で急激な抵抗の低下が生じるようになる.この時抵抗は4桁以上変化した(後に示すように,これは超伝導が現れていると推測される).100 Kで圧力をさらに増し温度を下げていく,という実験を繰り返すと,圧力の増加と共に転移温度は徐々に増加していくことが確認された.さらに圧力が160 GPaを超えたあたりで転移温度は急速に増加した.この時,抵抗の温度依存を測るために温度を上げると時々抵抗が下がる,という挙動が見られたことから,著者らは何らかの構造的な緩和などが起こっていると推測している(一般的に,構造転移にはある程度のエネルギーが必要であるため,低温では十分に進行しないことも多い).

そこで著者らは,150 GPaを超える高圧側の実験では200 Kで加圧したあと,一度室温にまで戻すことで構造を十分緩和させ,その後冷却して測定を行ったそうだ(これがきれいなデータをとるのに必要だと書いてある).この十分アニールしたサンプルで測定すると,150〜160 GPaかけたサンプルで最高の転移温度である203 Kを観測し,その後圧力を上げると少しずつ転移温度が下がる,という挙動が観測された.
重水素化したD2Sで同じ測定を行うと,転移温度のピークはやや高い175 GPaあたりに現れ,さらに転移温度は150 K程度と低くなっている.前述の通りBCS理論では格子振動の振動数が転移温度に結びついているのだが,重水素化すると原子の重さが倍になるため振動数は下がる.転移温度Tcは原子の重量をmとするとTc∝mαと表され,αはおよそ0.5程度になる事が知られているのだが,今回の実験結果からαを求めると0.3程度となり,かなりBCSでの予測に近い.この顕著な同位体効果は本物質の超伝導転移がBCS機構によるものではないかと示唆している.
続いて著者らは,この「転移」への磁場の影響を見ている.磁場をかけると最初は反磁性が表れ,それがある磁場でつぶれ始め高磁場下では常磁性的な応答を示す.これは第二種超伝導体に特徴的な振る舞いであり,観測された反磁性は伝導度測定における「抵抗の急落」が超伝導転移である事を示唆する.また磁場をかけた状態で抵抗の温度依存を見ると,高磁場下では低抵抗状態がサプレスされること,転移温度が磁場の増加と共に低下することが確認された.これらはいずれも超伝導体で観測される重要な挙動であり,本転移が超伝導転移である事を強く示唆している.

さて,本物質では一体何が起こっているのだろうか?
低圧側(< 160 GPa)の領域での超伝導転移温度は最大で6-70 Kであり,これはH2Sでの理論予測80 Kと非常に良い一致をしている.従って,この低圧側は単純に「水素化物H2Sで確認された高い転移温度」という事で問題無いだろう(まあ,これはこれで凄いのだが).
では,さらに高圧側で現れた200 Kを超える転移は何によるものなのだろうか?理論計算によると,この圧力域ではH2Sはもはやその形状を保てず,一部が水素分子と硫黄原子に解離することが予測されている.ただし今回の実験では,Raman分光においてH2やD2のスペクトルが観測されていないことから,生じた水素は別な形で取り込まれていると考えられる.
著者らが見つけてきたある計算では,このあたりの圧力域で3H2Sが(H2S)2H2(組成で言うならH3S)とSに分解する事が示唆されており,これが本物質で起こっている構造転移なのではないか?と指摘している.実際,この理論計算で予想されている構造を使ってBCS理論での超伝導転移温度を求めるとTc=190 K,α=0.35〜0.5となり,実測値ときわめて良い一致を示す.

実際に(H2S)2H2が生じているのかどうかはともかくとして,各種実験からは超伝導状態の存在はかなり確からしいと言える.久しぶりの転移温度更新がこれほど大幅なもので,しかもBCS系の従来型超伝導物質だというのは驚きであった.これに触発され,今後さまざまな従来型超伝導体の物質探索が進むかも知れない.(2015/9/3)

 

151. 透過電顕と液体セルを用いた単一ナノ粒子の構造解析

"3D structure of individual nanocrystals in solution by electron microscopy"
J. Park et al., Science, 349, 290-295 (2015).

物性研究において,構造解析はなくてはならない研究手段である.その物体内部で原子がどのように配列してどのような欠陥があるのかといった事は,その物体の電子状態や力学的性質に大きな影響を与える.構造解析の手段としてはX線回折が最も強力な手段ではあるのだが,現在のところある程度(数十 μm角以上)以上の大きさを持った結晶に対してしか適用することができない.このため,触媒等での利用が進む金属ナノ粒子の構造を知るにはX線回折を利用する事が出来ず(*),研究の大きな妨げとなっている.

*平均構造を知るだけなら,多量のナノ粒子を集めて粉末X線回折を行うことが可能である.これにより,対象物がfcc格子なのかbcc格子なのか,といった事ならある程度判明する.

これに対し,金属ナノ粒子などの微小系に適用できるとして近年急速に開発が進む&注目を浴びているのが,透過電顕(Transmission Electron Microscope,TEM)を用いた構造解析法である.TEMは非常に細く絞った電子線をサンプルに当て,その中の原子と相互作用して位相変調や散乱を受けた電子線を拡大して検出器に当てることで物体の構造などを知ることができる装置だ.特に,ここ十数年ほどでTEMの技術は大きく進歩し,球面収差補正レンズ系(*)の開発などによりその分解能は原子サイズ以下にまで達している.
さらに,多数の観察像に写った無数のさまざまな方向を向いたナノ物質から元のナノ物質の立体構造(3次元的な原子配列)を推定するアルゴリズムも大きな進歩を見せ,各種タンパク質の大まかな構造や,ナノ粒子の構造などが解明されつつある.

*電顕では,加速した電子線を磁場で曲げて収束する.これは光をレンズで集めることとほぼ等しいのだが,光と同様,レンズ(=磁場)形状が理想的な凸(凹)レンズからズレている事に由来してレンズの端近くを通る電子線ほど焦点位置がずれてしまう.球面収差補正レンズ系はこのズレを修正してきちんと一点で収束させるための補助的な磁場であり,この開発により分解能が数倍向上した.
なお,一時は電顕大国として圧倒的な販売力を誇っていた日本はこの球面収差補正レンズ系の開発で出遅れたため,大きな打撃を受けることとなった(現在は技術開発によりなんとか食らいついているが).

しかしながら,この「無数のナノ粒子から元構造を推定する」という手法が使えるのは,ほとんどのナノ粒子が同一の構造をとっていた場合だけである.例えば金属ナノ粒子の成長過程では,無数のもっと小さなナノ粒子が融合することで成長すると考えられている.この場合,複数の粒子が融合した部分には格子の向きのズレなどが発生する可能性があるが,このズレの程度が各粒子ごとに異なっていた場合,きちんとした元構造を推定することは不可能になる.

今回著者らが報告しているのは,無数の粒子の像を使うかわりに,たった一つの粒子のさまざまな方向からの観察像を使うことで元構造を推定しよう,というものである. これまでにも,単一粒子をさまざまな方向から撮像することで原子配列を明らかにしようとした研究はいくつも存在する.しかしそれらにおいては,対象試料の乗ったステージを少しずつ回転させさまざまな方向からの像を撮り,そこから構造を再構築するために一つのサンプルの撮影に数時間から一日ほどの時間を必要とした.このため,ナノ粒子のように内部で原子の移動が起こりやすい系では適用が難しい場合もある.
著者らが用いた手法は,液体セル中でナノ粒子が浮いた状態(勝手に移動したり回転したりしている状態)で保持し,これをそのままTEMで観察することによりたった一つの粒子をさまざまな方向から観察できる,というものだ.
まず,グラフェンを使ったセル中に試料溶液を閉じ込める.これも最近開発された手法だ.まず,銅シートの上で炭化水素を分解すると単層のグラフェン膜が得られるので,これをTEM観察用の穴あきグリッドに乗せる.その上に試料溶液を滴下し,上からもう一枚のグラフェンを貼付けたグリッドを乗せる.こうすると,上下がグラフェン(=液体も気体も通さない遮断フィルム)でパックされた微小なポケットがいくつも勝手に生成し,その中に試料溶液が閉じ込められた液体セルとなる.
これをTEMに入れ,真空引きし(※電顕は電子線を飛ばす都合上,真空でないと測定できない),通常の観察を行えば,液中のサンプルを見ることができるわけだ.
観察するサンプルとしては,電子線を散乱しやすくTEMで見やすい重原子,しかも空気中で安定,さらに触媒能が高く実用上も重要ということで,Ptナノ粒子が選ばれている.

この結果,どういったものが観察できるのかというとSupplementary MaterialsのMovie 3と4を見ていただきたい.ノイズだらけの画面の中で,一部に縞状の色の濃い部分があるが,それが実際に観察されるナノ粒子である.液中なので,これらのナノ粒子は微妙に回転している(回転していなかったものは,観察対象から外す).この動画から一つのナノ粒子の様子を何枚も切り出し,それを計算処理することで元の構造を推定する.原理は単純ではあるが,見ての通り非常にノイズが多いので,プログラム的にはなかなか大変そうではある.

そうして得られたナノ粒子の再現構造の例2つがSupplementary MaterialsのMovie 1と2である.
ナノ粒子は直径がおよそ2 nm.推定された構造では,ナノ粒子の「キャップ」部分である上1/3と下1/3,そして円盤状の「コア」部分という三層構造になっていることが発見された.上のキャップ内,コア内,下のキャップ内,それぞれの内部ではそこそこ格子の向きは一致しているが,コアとキャップでは向いている方向が違っていた.これは,このナノ粒子が3つ程度の粒子の融合で発生しており,その際の格子のミスマッチは室温程度の熱エネルギーでは解消されない(=ズレたまま凍結している)事を示唆している.この格子の向きのミスマッチ度合いは,2つのナノ粒子でだいぶ異なっていた.また2つめのナノ粒子(Movie 2の方)では,コアの部分も含め格子がずいぶんと湾曲しており,このあたりも2つの粒子でだいぶ構造が違う.
特に,ほとんど何の対称性もない,というところは驚くべき結果である.実はこれまでは,この程度のサイズのナノ粒子では原子は表面エネルギーを下げるために正二十面体などの非常に対称性の高い構造になっていると考えられていたのだが,得られた観察結果はこれまでの予想とはずいぶん異なるものであった.既知の研究では,例えば正二十面体を仮定し,それを元にTEMのデータ処理を行って「正20面体構造でうまく説明できるよ」というような事が良く行われていたのだが,今回の著者らの報告はこれを覆す可能性もある.
(今回の著者らの解析手法としては,恣意的な判断が入らないように均一な密度をもつ物質を初期構造としておいておき,それを観測結果に合うように変形させていくことで結果を得ている)

Supplementary Materialsを見てわかるとおり,非常に微妙なデータから情報を抜き出して再構築しているのでやや怪しい部分もあるものの,本手法で得られた「普通に液相合成で作ったPtナノ粒子は,結構ぐちゃぐちゃな構造をしている」という結果は非常に興味深いものであった.
今後さらにTEMおよび解析プログラムが進歩し,この程度のサイズのナノ粒子の構造の解明が進むことを期待したい.(2015/7/20)

 

150. 量子ドットとCCDを用いた簡易型分光光度計

"A colloidal quantum dot spectrometer"
J. Bao and M. G. Bawendi, Nature, 523, 67-70 (2015).

光を波長ごとに分解しその強度を測定できる分光光度計は,物質と光との相互作用を扱う分野ではなくてはならない測定機器である.例えば化学においてよく用いられる可視紫外分光光度計などは,物質に光を照射し透過してきた光を測定する事で,その物質がどんな光をどの程度吸収するのかを測定する事が可能であり,物質の同定や電子状態の推測などを行うことができる.
これら一般的な分光光度計においては,光を回折格子などを用いて波長分解し,それを各波長ごとに検出器で測定する事でスペクトルを得ている(*).

*一部の機器などでは,回折格子などで波長を空間的に分解した後に,CCDのような面型受光器で一気に測定する事で全波長域を一度に測定するものも存在する.

しかしこの方法では,回折格子およびそれを用いた光学系で十分な波長分解能を得るために,それなりのコストとスペース(光路を伸ばすほど,異なる波長が空間的に異なる場所に分かれるので分解能が上がる)が必要となるため,安価かつ小型の分光器を作るのはなかなか難しい面もある.

今回報告されたのは,吸収波長が少しずつ異なる量子ドットとCCDを用いる事で,簡便にそれなりの波長分解能をもつ分光器を作る事が出来る,というものである.

著者らの発想は非常に単純なものだ.まず,吸収波長の少しずつ異なる量子ドットを多種用意する(Extended Data Figure 1).日常的なサイズの物質では多少の大きさの違いがあっても色は変わらないが,量子ドットぐらいの大きさとなると電子の閉じ込めサイズの違いがエネルギー準位に大きな影響をもたらし,サイズの違いで色=吸収波長が異なってくる.これにより,単一種類の物質であってもさまざまな吸収波長をもつ物質を作る事が出来る.
こうして作製した195種類の量子ドットを,透明な基板上に14×14のマス目として塗っていく(1箇所は量子ドットが存在せず,元の光がそのまま透過する).これをCCDの上にのせて,測定したいサンプルを透過してくる光の強さをこのフィルター越しに測定すると,各マス目の場所ごとに異なる量子ドットにより吸収された光がCCDに当たり記録されることとなる.

光源 → サンプルによる吸収 → フィルター上の量子ドットによる吸収(位置ごとに異なる) → 面型受光器(CCD)

ここで原理の説明のために単純化し,「量子ドットA(400 nmより波長の短い光を全て吸収する)」,「量子ドットB(401 nmより波長の短い光を全て吸収する)」という2種類があった場合を考えよう.この場合,量子ドットA部分を抜けてきた光の強さから量子ドットB部分を抜けてきた光の強さを引くと,「400-401 nmの間の光の強さ」がわかる.今回の実験では,これを195種(+完全に透過してくる光)に関する連立方程式として扱い,各波長ごとの強度を再現するわけである.

いくつかのデモンストレーションが行われているが,例えばHR2000というポータブルサイズの分光器と比較した場合では,若干ピークが鈍っているものの,2 nmほど位置の離れたピークを一応分離することに成功していたり,1 nmずつズレた発光ピークを分解できていたりと,ほどほどの性能が達成できている.
なお本手法では,得られた連立方程式からどのように元の吸収を推定するかというアルゴリズム部分も最終的な結果に大きな影響を与えるため,測定対象のスペクトルがおおよそ推測できる場合ほど測定精度を上げることが可能である(逆に言えば,完全に未知だと若干性能が落ち,弱いピークを見落としたり,実在しないゴーストを生んだりする).
また,今回は実験の都合上195種類の量子ドットを用いて測定を行っているが,当然ながら量子ドットの種類を増やせばそれだけ波長分解能も向上するため,今回のデモンストレーション以上の性能も期待できる.

この手法で本当に低コストな分光器が作れるのか?という部分にはやや疑問もないではないが,まあ一つの提案としては面白い.(2015.7.6)

 

149. シルバーアントの毛は優れた反射・放熱に寄与する

"Keeping cool: Enhanced optical reflection and heat dissipation in silver ants"
N. N. Shi et al., Science, in press (2015).

よく知られたように,サハラ砂漠は非常に過酷な環境であるが,多種の生物が存在し独特の生体系を形成している.とはいえ,日中は温度が45 ℃を超えるような事も多いため,ほとんどの生物は地中や岩陰でひっそりと息を潜めているのが普通である.そんな中,日中の砂漠を闊歩し,餌を探し回る生物が存在する.シルバーアント(Saharan silver ants)だ.
このアリは全身が極細の「毛」に覆われており,それが光を散乱することで金属光沢のような反射を示す.これが日光による加熱を防いでいるとされる.また,巣穴から出る際に熱ショックタンパク質(熱により変性したタンパク質を戻す効果があり,細胞の熱耐性を挙げる)をあらかじめ量産しておくことで高温への耐性を上げ,外気温が48〜51 ℃程度の温度であっても活動し,餌を探すことができる.ある程度複雑な構造をもつ生物としては,この耐熱性はトップクラスであろう(*).
さてそんなシルバーアントの反射を担っている毛に関し詳細に調べた研究が今回の論文である.

(*)休眠状態でならより高温に耐える生物も居るが,この温度で活動できる生物はほぼ存在しないと思われる.なお,体の一部がこれ以上の高温の環境に接しているものなどが存在するが,体の他の部分が冷たい場所に接していてしっかり放熱できているため自身の温度はもっと低くなっていたりする.

著者らがシルバーアントの毛を電顕で詳細に観察したところ,一辺が1〜2 μm程度の三角柱状の構造を持っていることが判明した.その三角柱は一つの面を体に向け,他の2面が外向きに位置するような配置となっているのだが,体に向いた側の表面は平坦になっており,外部側に向いた2面には長軸方向にほぼ平行に細かな凹凸(間隔は100-200 nm程度に見える)が走っていた.いわばレンチキュラーレンズのような構造になっていることも明らかとなった.

この面は凹凸がある→ △ ←この面も凹凸がある
(こちら側がシルバーアントの本体側)※下面には凹凸が無く平坦

この構造は,日中に降り注ぐ太陽光を反射するのに非常に効率的な構造であると言える.

まず一つ目として,毛や表面の凹凸のスケール(それぞれ1-2 μmと100-200 nm)が,太陽光の大部分を占める可視光(およそ350-800 nm)および近赤外(800 mn-2.5 μm)と同程度となっていることが挙げられる.
波長と同程度から数倍程度のサイズというのはミー散乱がそこそこ効いてくるサイズであり,粒子による散乱が大きくなる.もちろんこれ以上に大きな粒子であっても散乱は強いのだが,そうすると体積に占める散乱箇所(界面)の数が少なくなるため,「粒子一つあたりの散乱」は大きくなっても,「ある体積中の粒子全部での散乱」は小さくなってしまう.つまり,シルバーアントの毛は太陽光を散乱するのに都合の良いサイズになっていると言える.

次に,体から遠い側の二面だけが表面に凹凸を持ち,体に向いた側が平坦な点もポイントだ.外部から入射した光は,外側の面(=細かな凹凸がある)によって効率的に多方向に散乱され,毛の内側に透過してくる光は少ない.
透過してきた光は体の方を向いた平坦な面を通って毛の外へと抜けていくのだが,この時いわば「水面での反射」と似たような事が起こり,光の一部は上方へと反射されてシルバーアントの本体へは到達しなくなる.もし体の方を向いた面まで凹凸があれば,そこでさまざまな方向へ散乱され,結果としてシルバーアントの体まで光が抜けていく量が増えてしまうわけだ.

そして今回判明した最も興味深い点が,赤外線の反射率の低さである.
外部から来る光を反射するような構造は,同時に内部から来る光を外に出しにくい,という事でもある(出て行けるなら,同じルートを逆進する光が入ってこられる.よって入って来られないのなら,出て行けない)(**).つまり,「単に光を全て反射する構造」を作ってしまうと,自分自身からの熱による輻射も遮断してしまい,輻射による放熱が行えなくなってしまうのだ.

(**)対流を使わずに輻射による放熱を行う系統のヒートシンク類では,表面をアルマイト処理するなどして反射率を落とす.これも,「反射率が高いと輻射が小さい」という事に関係する.

ではシルバーアントはどうなっているのか?著者らが反射率を測定したところ,可視光から7 μmあたりまでの波長では毛の存在により反射率が高くなっていた(=日光を良く反射する)のに対し,8 μm以上の長波長領域ではむしろ毛がある方が反射率が低くなっていたのだ.この長波長の赤外線は,室温付近(サハラ砂漠の気温程度も含む)の物体が熱輻射をするときの中心的な波長である.つまりシルバーアントの毛は,降り注いでくる日光は反射して熱せられるのを防ぐが,自分自身が出す長波長の赤外線に対してはむしろ反射せず,逆に反射率を下げて輻射を増やすことで放冷を促進する,という効果まであったわけだ(反射が少ない≒輻射が多い).

どうやってそれが実現されているのだろうか?
これもまた,毛のサイズと形状が絶妙な働きをしている.長波長の赤外線から見ると,毛のサイズは十分小さいため,もはや微細な構造による散乱はほとんど影響を与えない.その結果,この波長の赤外線にとって,毛のある領域は「ちょっと密度の小さい均一な物質」=「アリ本体より屈折率の低い物質」に見えている.しかも,三角柱状であるので,アリの体に近い側ほどする毛の比率が高い=屈折率が高く,アリから離れるに従い徐々に毛の比率が低い=屈折率が低くなる.
するとどうなるか?アリ → 外気と直接接していると,その間に屈折率変化の大きい界面が存在するので界面での反射が起こり,輻射効率が下がってしまう.
ところがアリ → 徐々に屈折率の下がる領域(三角柱状の毛) → 外気となっていると,屈折率が連続的に外気の値へと変化していくので,界面での反射が生じない.このためアリ本体からの輻射はスムーズに外部へと放出され,冷却が効率的に起こることとなる.

生物がナノ構造を巧みに利用しているというのは現在ではよく知られたことであるが,それにしても良くできている.単に反射だけでなく輻射のコントロールまで行うというのは素晴らしい.(2015.6.26)

 

148. 有機カチオンは,有機-無機ペロブスカイト太陽電池の効率上昇に寄与している

"Revealing the role of orgfanic cations in hybrid halide perovskite CH3NH3PbI3"
C. Motta, F. El-Mellouhi, S. Kais, N. Tabet, F. Alharbi and S. Sanvito, Nature Commun., 6, 7026 (2015).

近年,太陽電池の分野において有機-無機ペロブスカイトと呼ばれる物質が注目されている.最も単純な組成ではAMX3となるこの物質は,鉛やスズなどの金属イオン(M)を6つのハロゲンイオン(X)が取り囲み八面体を形成し,それが頂点共有して無数につながることで3次元構造をつくり,有機物の正イオン(A+)が連なった八面体の隙間を埋めるような構造をとっている.
なぜこの物質が注目されているのかといえば,太陽光の電力への変換効率が高く,しかも製造が圧倒的に低コストとなるためだ.例えば実験室レベルでの変換効率はついに20%を超えているし,その製造は原料溶液を混ぜるだけ.そのため塗布による製造も可能であり,大面積のそこそこ高効率の太陽電池が安く作れるのではと期待されている.

さてこの有機-無機ペロブスカイト太陽電池,なぜ効率が高いのか?という部分に関しては現在でも多くの議論が存在する.ポイントとしては(1)高い光吸収能力,(2)比較的大きなバンドギャップによる高い開放電圧,(3)光による励起で発生したキャリアの再結合が遅く,電極に到達するまでに失われるキャリアが少ない,という3つの特徴が挙げられる.
これらの中でもその理由が今一はっきりとしていないのが(3)のキャリアの寿命だ.光励起が起こると,電子と正孔のペアが生じるが,これが(それぞれ対応する)電極にたどり着く前に結合してしまえば電力は生じない.有機-無機ペロブスカイトではこの「再結合するまでの時間」が非常に長く,電極に到達するキャリアが増えるために高い効率が実現していることが明らかとなっている.
キャリアの寿命の長さの秘密は何か?そこに計算により切り込んだのが今回の論文である.

今回扱われているCH3NH3PbI3中において,有機カチオンであるCH3NH3+は短い棒状の分子である.棒状ではあるのだがかなり短いため,室温程度の熱エネルギーのもとではかなり自由に回転していることが知られている(ゆっくり冷やすと最安定な方向で停止する).これが電子状態にどのような影響を与えるのかを調べるのに際し,著者らは通常の密度汎関数法(DFT)にファンデルワールス相互作用を(経験的手法により)組み込んだ計算を行った.ファンデルワールス相互作用とは原子や分子間に働く弱い相互作用であり,例えば中性原子中の電子の位置が一時的にずれることで電気的な分極が発生し,それが周囲の原子に分極を誘起し相互作用する(分散力),といったような動的な機構を含む.このため第一原理計算に組み込むことは難しいのだが,今回はそこを経験論的なパラメータとして導入したわけだ.

計算の細かいところには興味が無いので,結論を見てみよう.
まず,正イオンは様々な方向を向いてもあまりエネルギーが変わらない(=回りやすい)事が確認されたが,(011)方向(およびその結晶学的に等価な方向)を向いたときにわずかながら安定であることが明らかとなった.
そしてさらに重要なことに,この方向を向いていた場合に限り,バンド構造に重要な変化が現れたのである.それは元々が「直接遷移型半導体」であった本物質が,有機カチオンが(011)方向を向いた場合には「間接遷移型半導体」へと変化していたのだ.直接遷移型半導体とは,電子で満ちた価電子帯の頂点(=最も高いエネルギーの電子の波数)と,電子を持たない伝導帯の底(=最もエネルギーの低い空席の波数)が一致している半導体である.この場合,光吸収などによって生じた電子-正孔のペアは等しい波数をもつため,励起状態の電子はそのまま単純に光を放出して元の状態に緩和することが出来る.一方の間接遷移型半導体はこの価電子帯の頂点と伝導帯の底の波数がずれており,励起された電子は伝導帯の底へと迅速に緩和,最終的な波数が,元の状態(=励起状態の正孔)の波数とは異なってくる.この場合,電子が緩和するためには差額の波数を格子振動に押しつける必要があるため自分勝手に緩和することが不可能となり,緩和が起こりにくい.従って,励起状態の寿命は長くなる.
このバンド構造の変化は,ファンデルワールス相互作用を導入することで初めて生じる事も明らかとなった.これを計算に組み込まないと,たとえ有機カチオンが同じ方向を向いていたとしてもバンド構造には顕著な変化は無く,本物質は直接遷移型半導体(=励起状態の寿命が短い)のままであった.こういった変化が起こる理由は,カチオンとの相互作用によりPbI6の作る八面体構造が微妙に歪むためである.この「歪み」を引き起こすために,ファンデルワールス相互作用が欠かせないのだ.
またもう一つのポイントとしては,バンド構造の変化が非常に微妙なものである点も挙げられる.伝導帯がちょっとだけ歪んで「底」の位置がずれるものの,そのずれはかなり小さなものであり,バンドギャップ等にはほとんど影響を与えていない.これは大きな開放電圧を生むのに必要な大きなバンドギャップを保ったまま間接遷移型半導体になったことを意味している. 結果をまとめると,

・ファンデルワールス相互作用を組み込んだ計算では,有機カチオンが(011)方向を向くのが(ちょっとだけ)安定.
・このとき,弱いファンデルワールス相互作用によりPbI6八面体がちょっと歪む.
・するとバンド構造がほんのちょっと変化し,間接遷移型の半導体へと変わる.
・この結果,励起状態の寿命が長くなり,キャリアが長距離を移動できるようになる.これは高い変換効率につながる.

となる.

これまであまり注目されてこなかった有機カチオン側の役割を指摘した論文としてなかなか興味深い.また,ファンデルワールス相互作用のようなかなり弱い相互作用によりここまでの違いが生じるというのは驚きである.
とは言えこれはまだ計算レベルの話であるので,実際にその通りなのかどうかは今後の実験にも注目する必要がある.
(個人的には計算をそこまで信用しきれないので)(2015.5.4)

 

147. 巨大惑星が,形成時に主星に落下しないのは何故か?

"Planet heating prevents inward migration of planetary cores"
P. Benítez-Llambay, F. Masset, G. Koenigsberger and J. Szulágyi, Nature, 520, 63-65 (2015).

惑星の形成と進化に関する研究は長い歴史を持ち,そのメカニズムをかなりの部分まで解き明かすことに成功している.とは言え現在でもいくつかの謎は残っており,今回の論文で議論されている惑星形成時の「惑星移動」もその一つである.
原始星の周辺にはガス円盤が広がり,ここに存在する多量のガスや塵,岩塊などが集積していくことで惑星が誕生し成長していく.しかし同時に,惑星はこのガス円盤中を公転する際に抵抗を受けたり,ガスと原始惑星との重力相互作用により自発的に生じる粗密波に公転のエネルギーが奪われることが以前から指摘されていた.
これの何が問題なのかというと,計算によれば,地球の数倍程度の大きさの惑星(や,より大きな惑星に成長する前段階でのこのサイズの核)が十分成長する時間に比べ,これら抵抗などによる損失で惑星が主星の近傍に落下してしまう時間の方が短いことが指摘されているのだ.つまり,大きな惑星を作ろうとすると,その惑星は主星の近くにしか存在できないことになってしまう.これは,主星から十分離れた位置でも大きな惑星が存在するという観測結果とは明らかに相容れない.
今回報告された論文は,惑星の成長時に生じる「熱」の影響を考慮すると惑星を外向きに引っ張る力が生じ,この問題を解決できる,というものである.

惑星の成長時,つまり塵や岩塊などが微惑星/原始惑星に衝突する際には,その重力による位置エネルギーが熱へと変換され,惑星を加熱することになる.加熱された惑星からは熱輻射が生じ,これは惑星周辺で原始円盤のガスを加熱することができる.著者らはこの効果を大雑把に取り込み(定常状態のように,落下のエネルギーが全て輻射に変換されるとした),計算を行った.
ガスが加熱されると,圧力が増大し膨張するため原始円盤のガスの密度は局所的に低下する.また,圧の上がったガスはより「高い」位置に移動できるため,どちらかといえば惑星よりも「上側」(恒星から遠い側)に移動し,そちらの密度が下がることになる.実際には,ガス円盤と惑星の公転速度の違い(圧力でも支えられるガスの方が公転速度が遅い)とかも効いてきてもうちょっと複雑な分布になるのだが,細かい点はよくわからなかったので省略.
まあとにかく,惑星からの十分な輻射があると,惑星の「上側」の密度が下がり,惑星を恒星から遠ざけようとする力が働くことが明らかとなったのだ.どの程度の輻射が存在するかは,どの程度の早さで塵や岩が集積するか,つまり惑星がどの程度の速度で成長するかに大きく依存する.多量の物体の落下がある場合は輻射で放出されるエネルギーも多く,惑星を外側に移動させようとする力も強い.
ある程度現実的な範囲でこの集積速度を変えて計算したところ,集積の早い方のパラメータでは惑星の主星への落下をとめるだけではなく,むしろ遠方へと移動させることも可能である事もわかった.

この結果はまた,「金属(天文分野では,水素やHe以外の元素をこう呼ぶ事も多い)の多い恒星の周囲では,惑星が見つかる可能性が高い」という観測結果を説明することもできる.金属量が少ない(=大部分が水素やHeから成る)ガス円盤では,塵の量も少なく,原始惑星への降着速度も遅い.となると,その成長過程においては輻射は弱くなり,惑星を外側に引っ張る力はほとんど働かない.この結果,ガスによる抵抗に負け,原始惑星/微惑星はどんどん恒星へと引き込まれてしまうのだ(そして恒星の周辺では温度が高いので,重力による集合は作られにくい).これに対し重元素を多く含むようなガス円盤の場合,原始惑星の周囲には十分な量の塵や岩塊が存在し,惑星に勢いよく衝突していく.すると原始惑星の温度が上がり,ガス抵抗に打ち勝つだけの十分な輻射を生み出すことができるわけだ.

灼熱の原始惑星が周囲のガスを加熱し,その流れに乗って系内を移動していく,というのは何ともダイナミックで面白いモデルであった.(2015.4.2)

 

146. 溶けたアルカリ金属を水に入れると爆発するのは何故か?

"Coulomb explosion during the early stages of the reaction of alkali metals with water"
P. E. Mason F. Uhlig, V. VanĚk, T. Buttersack, S. Bauerecker and P. Jungwirth, Nature Chem., 7, 250-254 (2015).

金属ナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属類は非常にイオン化しやすいため水とは激しく反応し,その融解した液滴を水に落とせば爆発する.これは水に触れたアルカリ金属が一瞬で反応し急激に発熱,それと同時に発生した水素が引火し,これらの合わさった熱によって一気に爆発するためである.これはよく知られた事実であり,教科書にも載っているような非常に基本的な知識だ. ……だが,本当にこれは正しいのだろうか?
今回の著者らの報告は,このほとんどの化学系の人間が疑いもしなかった反応に関する,新たな発見についてである.

冒頭で,著者らは疑問を投げかける.爆発するには,急激な反応が必要である.しかしその一方で,溶けたアルカリ金属が水に触れると急激な反応で水素が発生するし,反応熱は水の気化により水蒸気も生む.これによるライデンフロスト効果はアルカリ金属と水との接触を阻害し(*),反応速度は遅くなるはずである.また,表面に発生する水酸化物も水との接触を阻害する.これでは急激な爆発を引き起こすのは難しいのではないか?

*無論水蒸気も水であるのでアルカリ金属と反応するが,液体の水に比べれば密度が圧倒的に小さいため反応は遅い.

そこで今回著者らは,爆発の様子を詳細に観察すべく,高速度カメラによる観察を行った.記録レートは毎秒約10,000フレームであり,水面上および水面下での様子を記録している.サンプルとしてはNa/K合金(Kが約90 wt%)を用いているが,これは室温で液体の合金であり,シリンジから滴下することで毎回均一な液滴を再現性良く落とすことが出来るためである(実験は当然不活性ガス中で行われている).

実験結果の動画がSupplementary InformationのMovie 1として公開されているが,いくつか興味深い特徴が明らかとなった.
まず,液滴が水面に触れると,0.2-0.3ミリ秒程度の間に急速に爆発が起こる.これは時間的に考えて,単なる反応熱により水が吹き飛んでいるのではあり得ない(速すぎる).実際に著者らは1000 ℃に加熱し溶かしたアルミの液滴を同じように滴下したが,その場合にはライデンフロスト効果により徐々に反応する程度だったらしい.
また,0.3ミリ秒後に表れる水面の「爆発」では,飛び散る水の色が明確に青〜紫色となっていることがわかる.これは溶媒和電子が発生し,これが光を強く吸収していることを意味している.溶媒和電子とは,電子そのものがまるでイオンであるかのように溶媒に溶けたものであり,アルカリ金属を液体アンモニアなどに溶かした際に表れることが知られている(有機合成で特殊な還元剤として利用される).このことから,アルカリ金属の液滴が水に触れると,水の還元反応以前にかなりの量の電子がそのまま水へと移行していることがわかる(もちろん,この多量の電子は引き続き水の還元(水素の発生)に使用される).

さらに興味深い特徴は,水面下に表れる無数のトゲ状構造である.水面に接触したアルカリ金属の液滴は,瞬時に(0.1 ミリ秒以下ぐらいから)水面下に向かって無数のトゲを成長させる.このトゲの急速な成長が水とアルカリ金属との接触を急速に増やし,爆発的な反応(と,それによる実際の爆発)を引き起こしていると考えられる.つまり,普通だったら反応により生じる蒸気の層や水酸化物の層が保護膜となって反応を遅らせるのに,アルカリ金属自体が無数のトゲを作って水へと突き刺していくためにこの保護膜が機能せず,急速に反応が進むわけだ.

この無数のトゲは何なのだろうか?
著者らは,これはアルカリ金属に生じた膨大な量の正電荷間の反発によるものではないかと推測している.アルカリ金属が水に触れると,瞬時に金属内の電子が多量に水へと受け渡される(これは溶媒和電子の存在からも支持される).すると当然ながらアルカリ金属の液滴表面には無数の正電荷(今回の系だとNa+やK+に相当する)が発生するが,これらの正電荷同士は当然ながら強く反発し,この反発力が液滴をバラバラに引き裂こうとするわけだ(**).

**なお,こういった電荷による断片への破砕は分子を一気に多価イオンにした場合などにも良く観測され,クーロン爆発と呼ばれている.論文のタイトルにあるCoulomb explosionがそれである.

まとめると,以下のようになる.

アルカリ金属の液滴が水に触れると,電子が水へと急速に移行する.
すると液滴内に過剰な正電荷が生じ,その反発力による不安定のせいで液滴からは無数のトゲが水に向かって伸張する.
このトゲが反応によって発生する蒸気や酸化物の層を突き抜けることで,水との反応界面が急速に増大し反応速度が劇的に上昇する.
その結果,暴走的な反応が起き爆発を引き起こす.

というわけだ.なお,トゲ状の構造が爆発に由来する副次的なものではない事も,液体アンモニアへの滴下により確認している.この場合,無数のトゲ状の構造は発生するものの爆発は起こらない(アンモニアとアルカリ金属との反応がおだやかであるため).

何とはなしに「わかりきったこと」と思っていたアルカリ金属液滴と水との反応にも,ずいぶんと面白い物理が隠れていたものだ.(2015.3.17)

 

145. 超伝導を光でOn-Offする

"Light-induced superconductivity using a photoactive electric double layer"
M. Suda, R. Kato and H. M. Yamamoto, Science, 347, 743-746 (2015).

近年,固体物性研究の場において電気二重層を用いたキャリアドーピングが注目されている.伝導現象に関わるのは電子(やホール)といった電荷キャリアであるが,これらが集団でどのような伝導性を示すかといった事はキャリアの濃度に大きく依存している.そして,キャリアの濃度は電位により変化させることが可能である.例えば電子をキャリアとする試料を大きく負電位に持って行ってやれば,負電荷をもつ電子のエネルギーが高くなり,電子が外部へ逃げだしキャリア密度は減る(ホールがキャリアなら,逆にキャリアは増える).この効果を利用しているのが例えばMOSFETであり,絶縁層の上にゲート電圧を作り,そこに高い電位をかけることで試料表面の電位を変化させ,キャリア密度をコントロールすることが出来る.
この手法は固体物性を研究する際にも非常に有用であるが,それが特に顕著なのが超伝導の研究である.超伝導は電子同士の相互作用によって生まれる現象であり,キャリア密度に非常に敏感である事が知られている.特に高温超伝導体や有機超電導体では,電子間の反発(=相関)により絶縁化しているMott絶縁体と呼ばれる物質に,何らかの手法(化学的なドーピング等)で小数のキャリアを導入した際に超伝導状態が表れることが多い.この「小数のキャリアを導入する手段」としてFETが有効なのである.

そんな電界効果を用いてキャリア密度を大きく変化させるには,非常に高い電位をかけることが必要になる.しかしながら,大きな電位をかけようとすると絶縁層が破壊されてしまうため,かけられる電位にはどうしても限界が生じる.何を絶縁層に使うかにより多少変わるが,かけられる電場は最大で数 MV/cm程度,誘起できるキャリア密度は1013 cm-2弱程度が限界である(実際には種々の問題が生じるため,もっと低い).電子相関が重要となる強相関電子系では,この1桁程度上のキャリア密度あたりで様々な相転移が生じることが知られていることから,もっと高いキャリア密度を誘起できる手法が求められていた.
そんな中登場したのが電気二重層(EDL)を用いたFETである.電気二重層というのは電気化学の分野でよく知られた構造で,イオンを含む溶液中に突っ込んだ電極に電圧(ここでは正電圧としておこう)をかけると,電極表面に逆の電荷(ここでは負電荷)を持ったイオンが移動してきて張り付き,正負のペア(電極上の正電荷と,電極表面の溶液中の負電荷)を作って安定している構造を指す.この構造の最大の特徴は,イオン1つ分程度という非常に短い距離で正負の電荷が分離している点にある.この結果,局所的には数十 MV/cm以上といったような,通常のFETの10倍以上の局所電場を発生させることが可能となるのだ.これを利用したFET(EDL-FET)を利用して,様々な成果が報告されている.
さて,そんな優れた特徴を持つEDL-FETであるが,イオンの移動を伴う以上,極低温では使用できないという欠点を持っていた.例えば「室温でEDL効果によりキャリアをドープしておき,そのまま低温に下げ(この段階でイオンが凍結し,キャリア濃度も固定される),その状態で物性を測る」という事は出来るのだが,「低温でキャリア濃度を大きく変化させる」という事は不可能である(単なる電場で駆動する通常のFETならもちろん可能).
今回報告されたのは,EDL-FETと似た構造を持ちながら,極低温であってもキャリア濃度を光で変化させられるという新たな手法である.

その発想はかなり単純なものだ.著者らは,光異性化を起こすスピロピランに注目した.スピロピランは半世紀ほど前に光異性化(と,それに伴う色の変化)を起こすことが報告された古い物質だ.この分子に紫外光を照射すると,分子中の環の一つでC-O結合が開裂し,最終的にN+とO-というイオン対が分子内に生じる(Supplementary Materials,Figure S1).さらに,開裂後の分子に可視光を照射することで元の環化したスピロピランへと戻すことも可能だ.
著者らはこのスピロピランの誘導体をSAM(自己組織化単分子膜)として基板の上に生やし,その上に有機導体の薄層状結晶を貼り付けた.この有機導体は低温では電子相関のために絶縁化するが,(単なるFETなどで)電荷を注入すると超伝導を示すことが今回の著者らによって既に報告されている.
今回著者らはこのサンプルを5 Kまで冷やし,紫外光を照射した.すると薄膜状の有機導体のすぐ下に存在するスピロピランが紫外光を吸って次々と開裂,分子内イオン対を発生させる.開裂した分子のN+側から炭素鎖が伸び下地にくっついているため,上に乗っている有機導体の直下には突如O-というイオンが生じることとなる.このイオンが作る電場により有機導体内ではホールのエネルギーが下がり(逆に電子のエネルギーは上がり),ホールがキャリアとしてドープされることとなる.すると電子相関による絶縁化状態が崩れ,超伝導が発生するわけだ.
この効果により,最初200 kΩほどあった抵抗は紫外光の照射と共に急激に減少,数十秒後にはほぼゼロにまで落ちる.開裂したスピロピランは放っておけばそのままなので,この誘起された超伝導状態は紫外光を切った後も維持される.さらに,ここに可視光を照射すると開裂していたスピロピランが元の非イオンの環状構造に戻っていく.これに伴い,可視光の照射後は抵抗が急上昇していき,3分ほどで元の高抵抗へと戻っていく.この過程は何度でも繰り返すことが可能であり,紫外光の照射で超伝導状態へ,その後の可視光の照射で絶縁体へと繰り返し転移を起こさせることが可能であった.なお,誘起された低抵抗状態が超伝導状態である事は,磁場の印加により抵抗が急激に上がることなどから確認している.

光異性化によるイオン対生成をEDL的に使うというのはなかなか面白い.かかる電位としては通常のEDL-FETに比べると低そうな感じではあるので単なるFETと比べた際の利点はなかなか難しくもあるが,アイディアとしては興味深い.(2015.2.13)

 

144. テープを剥がしてでナノ粒子

"Mechanochemical Activation and Patterning of an Adhesive Surface toward Nanoparticle Deposition"
H. T. Baytekin et al., J. Am. Chem. Soc, in press (2015).

スコッチテープはこれまでにグラフェンを作ってノーベル賞を獲得したり薄膜超伝導を起こしてみたりX線を発生させたり等々と八面六臂の大活躍を見せているわけであるが,その最強伝説にまた新たな一ページが加わることとなった.
今回報告されているのは,スコッチテープを剥がしたものを金,銀,パラジウム,銅などのイオンを含む溶液に浸すと,その表面が金属ナノ粒子でデコレートできる,というものである.

元々今回の著者らは,ポリマーの表面を押しつけてから剥がすと表面で引っかかった分子鎖が切れ,ラジカルやら正負の電荷やらが生じる,という研究を行っている.
でまあ今回,「くっつけて剥がすと言ったらスコッチテープじゃね?」という事でこの研究になったわけだ(多分)
実験として何を行ったかというと,

1. スコッチテープを(巻いてある状態から)適当に引き出す
2. この時の引き剥がしにより,表面に無数のラジカルが発生
3. こいつを金属イオンの水溶液に浸けると,ラジカルによる還元が起き金属ナノ粒子が生成
4. 出来たものを観察

という流れになる.
金属イオンとして用いたのは,比較的還元が簡単なAu3+,Pd2+,Cu2+,Ag+である(使用した塩はそれぞれHAuCl4,PdCl2,Cu(acac)2,AgNO3).これらの塩を2 mg/mlの濃度で含む溶液に,剥がしたスコッチテープを数時間から1日ほどつけ込んだ.
その結果,テープは一目でわかるほどの変化を起こしている.金属ナノ粒子が生じるため,テープ全体がそのプラズモン吸収などに由来する色(Auでは赤茶,Pdではグレー,Cuは緑がかった色で,Agはオレンジ系)に変化していたのだ.走査電顕などで確認すると,テープ表面には直径が数十〜100 nm程度の無数のナノ粒子が付着していた.
なお,ナノ粒子が付着してもテープ自体の強度や粘着性には目立った変化はないようで,そのまままた貼ったり出来るらしい.これにより,人類は容易に色つきスコッチテープ,抗菌性スコッチテープ,抗バクテリア性スコッチテープ,触媒活性なスコッチテープや(ほんのちょっとだけ)電気を流すスコッチテープを作成する事が可能になったのだ!
(ちなみに,著者らは「実験の大部分はスコッチテープでやったけど,別の粘着性テープでも同じように出来た」と一応書いてある)
なお,このナノ粒子の生成がテープを剥がす際のラジカルが原因である事を示すために,剥がした後のテープをラジカル捕捉剤で処理するとナノ粒子が生じないことや,テープ中の還元性物質によるものではないことなども実験により示している.

この効果は,テープを剥がした際に生じるラジカルに由来するものである.そこで,立体的なパターニングを行った表面にスコッチテープを貼り,そこから剥がしてから金属イオンの溶液に浸ける,という実験も行っている.パターニングされた部分だけが出っ張っているので,スコッチテープにはこの部分だけが張り付き,剥がした際にはこの部分だけにラジカルが生じる.その結果,スコッチテープ表面のパターニングされたものと同じ位置だけに金属ナノ粒子が付着する.要するに,特定の位置だけ特定の金属ナノ粒子でデコレート出来るよ,というわけだ.
#といっても,そんなに細かいわけではなく,せいぜいミクロンオーダーぐらいではあるが.

テープ表面に色々な機能を簡単に付与できる,というのはなかなかに面白い.量産も簡単だろうし,抗菌・抗バクテリア性あたりは使い道もありそうだ.
スコッチテープ先生の次回作にご期待下さい!(2015.2.12)

 

143. 走査型透過電顕によるEELSを用いたナノレベルの局所温度測定

"Nanoscale temperature mapping in operating microelectronic devices"
M. Mecklenburg et al., Science, 347, 629-632 (2015).

物性物理,半導体などを含むナノ材料,分子生物学などの発達に伴い,対象の温度をナノレベルの細かさで測定したいという要求が生まれており,いくつかのナノ温度計のアイディアが報告されている.温度を測定する際には対象物にプローブを接触させて直接温度を測定する方法や,熱輻射などを遠隔から測定する手法が存在するが,前者ではプローブの接触が対象の温度に影響を与えてしまう恐れがあり,後者は赤外光の回折限界のためナノレベルの分解能で温度を測定するには適していない.
今回報告されたのは,走査型透過電子顕微鏡を用いたEELS(Electron Energy Loss Spectroscopy:電子エネルギー損失分光法)により,対象物(ただし金属や伝導性をもつ半導体に限る)の温度を10 nm程度の空間分解能で測定する,という新たな手法である.

著者らが注目したのは,金属におけるプラズモン励起だ.プラズモンとは電子の集団励起により発生するもので,単純化して言うと伝導電子がまとめて振動することで,(取り残される正イオンと振動する電子集団による)電気的な双極子が振動しているものを指す.金属や半導体などでは,外部から光などを用いてエネルギーを与える事でこのプラズモンを励起することが出来る.
さて,走査型透過電顕では,非常に細く(場合によっては1 Å以下にまで)絞った電子線を薄いサンプルに照射しつつ走査,突き抜けてくる電子線(または散乱された電子線)を観測することで原子レベルの分解能を実現する.
電子線が試料を突き抜ける際に試料と相互作用すると,様々な励起,例えば格子振動であるとか,プラズモンであるとかを引き起こすことがある.この場合,透過してくる電子線のエネルギーをモニターしていると,励起に必要な特定のエネルギーだけ電子線のエネルギーが減少するのが観測できる.これを利用して,試料がどのようなエネルギーを吸収できるか(=どんなエネルギー差の励起があるのか)を調べる手法がEELSである.従って,EELSを使えば,試料中のプラズモン励起に必要なエネルギーを測定する事が可能となる.
さてそんなプラズモン励起であるが,励起に必要なエネルギーは「伝導電子密度をその電子の有効質量で割ったもの」の1/2乗に比例する.一方,物質は温度が上がると膨張するので,高温になるほど電子密度は低下する.つまり,温度が高いほどプラズモン励起に必要なエネルギーが低下する.これを使って温度を測定してやろうというのだ. まとめると,原理はこんな感じになる.

・温度が変わると,体積変化(等)により電子密度が変わる
・電子密度が変わると,プラズモン励起に必要なエネルギーが変わる
・その変化をEELS測定により検出することで,逆に温度がわかる

では,実際にそれは測定可能なのだろうか?
著者らは数十 nm程度の線幅のアルミの細線を電顕用のグリッドの上に作り,その温度をEELSを使って見積もっている.例えば温度差が120 Kつくと,プラズモン励起に必要なエネルギーは0.066 eVほど変化し,これをEELSで見積もることが出来ている.大雑把に言って,温度を±10 K程度の誤差(EELSでのエネルギー差として,10 meVぐらい)で読むことが出来ているようだ.利用している物理としてはかなり古典的でよく知られた効果ばかりなので,将来的には1 K程度の温度分解能は到達できるだろうと著者らは述べている.一方,空間分解能は現時点では20〜40 nm程度?といった感じか.こちらも走査型透過電顕なので,もっと絞ることは不可能ではなく,10 nm程度はいけるだろう.著者らが論文中で述べているように,これはフォノン(量子化された格子振動)の平均自由行程と同程度であり,これより短い区間では温度変化がつかない(フォノンが散乱されずに広がり,温度を均一化してしまう)ため,物体中の温度の空間分解能としてはまあ究極のところまで来るわけだ.

というわけで,面白い手法である.が,欠点もかなり存在する.まず,透過電顕であるのでサンプルは100 nm程度以下の厚みのものでないといけない.これでは通常の半導体素子の熱解析などにはちょっと利用できない.また,プラズモンを使用するため金属や半導体など,プラズモンが励起できるものでないと適用できない.さらに,ある程度の面積で温度のマッピングを行おうとすると,結構な時間がかかる.例えば著者らが500×1400 nm程度の領域をマッピングするのに,およそ40分の時間をかけている.まあこれは4 nm四方の細かいピクセルの温度を次々に測って画像としているために仕方のないところではあるが(1ピクセルあたりで考えると,0.1秒以下か?).
なかなか適用範囲が厳しそうな手法である.(2015.2.7)

 

142. ひよこにおける心的数直線は人間のものと似ている

"Number-space mapping in the newborn chick resembles humans' mental number line"
R. Rugani, G. Vallortigara, K. Priftis and L. Regolin, Science, 347, 534-536 (2015).

人間の数に対する認識は,空間的な方向などに対しマッピングされている.例えば数値の大小は空間的な左右と関連づけられており,左の方に小さな数が,右の方に大きな数が存在する方が自然であると感じられる(キーボード上の数字の配列もこの順になっている).別な例として,被験者にランダムに数字を挙げてもらう際に,被験者に右を向いてもらいながら行うと大きな数字に,左を向いてもらうと小さな数字に偏ることも知られている.こういった人の認識における数と空間的な方向の関連づけは心的数直線と呼ばれ,日常における行動などにも影響を与えていることが知られている.
その一方で,この心的数直線の起源に関しては現在でも議論が続いているところである.生まれながらに本能として持っているという説(数を認識する能力を得た際に,既存の空間認識機能を流用した?)もあれば,日常的に目にする数字の並びや親(こちらは既に心的数直線が完成されている)からの(無意識の)教育による伝播であるとする説もあり,決着はついていない.
(ただ,言語を解する以前の乳児に対しての実験から,言語の構造などに由来するものでは無かろう,とは言われている)
今回報告されたのは,生後3日のひよこにおいても,人間と同様に「小さい数は左,大きい数は右」というような傾向が見て取れたよ,というものだ.この結果は,心的数直線が先天的なものなのではないか?という説をいくらか支持するものとなる.

まず実験であるが,以下のような方法で最初にひよこをある数に対し条件付けする.ほぼ三角形の部屋の頂点付近にひよこを置き,その反対側(対面の辺の近く)に1枚のついたてを置く.このついたてにはある枚数の小さな正方形のシール(これが,条件付けされる「ある数」)が貼ってあり,裏には餌が置いてある.例えばひよこを「5」に対して条件付けしようと思った場合は,ついたての表面に5枚のシールを貼るわけだ.なお,シールの配置が特定の(何かひよこの興味を特別に惹く)配置になりにくいよう,シールの貼り方やサイズ,色などはランダムに様々なものを用いている(この辺を変えながら比較などもしているようだが,省略).この条件付けを終わると,いよいよテストである.同じようなほぼ3角形の部屋だが,今度は(ひよこの初期配置の頂点以外の)2つの頂点位置に,それぞれ1枚ずつの同一のパネルが置かれる.ただし,このパネルに貼ってあるシールの枚数は条件付けした数よりも多い(Large Number Test)もしくは少ない(Small Number Test).この状態で,ひよこが右と左,どちらのパネルを選ぶかをテストするわけだ.例えば「5」で条件付けしたひよこが,「8」(Large Number Test)枚のシールが貼ってある左右のパネル(2つとも8枚のシールが貼ってある)のどちらのパネルを選ぶか?を見るわけだ.

実験は3パターンを行っている.
実験1では15羽のひよこを使用し,ひよこを「5」に条件付けされている.この15羽を2グループ(8羽と7羽)に分け,最初のグループはまず小さい数字(2)でのテストを5回行い,続いて大きな数字(8)でのテストを5回行う.もう一つのグループではテストの順番を逆にし,最初に大きな数字(8)で5回,続いて小さな数字(2)で5回のテストを行っている.
実験2では12羽のひよこを使用し,条件付ける数字は「20」である.こちらも2グループに分け5回×2のテストを行う.Large Number Testで使う数字は「32」,Small Number Testで使う数字は「8」である.
実験3ではプレートに貼るシールの色やサイズ,貼り方などを変え,影響が出るかどうかを見ているが,結局そういったものは影響していないよ(単純に数の差だけが問題で,「右を選びやすい色」やら「左を選びやすい貼り方」が有るわけでは無い)という事がはっきりしてくるだけなので,ここでは省略.

では,結果である.
実験1より,「5」で条件付けしたひよこを,覚えている数より小さい「2」のところに持って行くと,左側を選ぶ確率が約70%であった(残りは右).一方,覚えている数より大きな「5」のところに持って行くと,逆に右のパネルを選ぶ確率が70%となる.つまり,自分が知っている数より小さい数を提示されると,(同じプレートが2枚置いてあるのに)左を選ぶ確率が有意に高くなり,逆に自分の知っている数より大きい数を提示されると右を選びやすくなるわけだ.なお,先にLarge Number Testをやるか,Small Number Testをやるか,の2つの間では結果に有意な差はなく,同じ結果が得られている.
これだけだと「2が出てくると左,8が出てくると右」となっている可能性も排除できないので,実験2の結果も見てみよう.「20」で条件付けし,それより小さい「8」を提示すると,約70%のひよこが左を選び,逆に大きい「32」を提示すると約78%が右を選んだ.つまり,8だから左というわけではなく,「自分が覚えている数より小さな数が出ると,左」,「自分が覚えている数より大きな数が出ると,右」という傾向が明らかとなっている.
これは,人間の心的数直線である「小さい数は左,大きい数は右」というものと似ており,心的数直線の起源が本能的なものではないか?という面をいくらか支持するものとなる.

「心的数直線」という概念を初めて知ったので,なかなか面白く読めた論文であった.今回の結果だけで人間の心的数直線の起源が確定するわけではなく,まだまだ議論は続くのであろうが,興味深い.
また余談ではあるが,Supplementaly Materialsに「ひよこは実験後に数羽のsocial groupとともに置かれ餌と水を自由に得られる状態にし,その後地元の農家に寄付された」とか書いてあるのも時代だなあと感じた(まあ悪いことでは無い).(2015.1.30)

 

141. 地球の核の対流を引き起こす,電子-電子相関

"Effect of electron correlations on transport properties of iron at Earth's core conditions"
P. Zhang, R. E. Cohen and K. Haule, Nature, 517, 605-607 (2015).

地球は比較的強い磁場をもつ惑星であるが,この磁場は核において起こっている対流によって生じていると考えられている.この対流を生み出す大きな原動力として想定されているのは熱である.
地球が出来る時には多くの物質が重力で寄り集まるため,膨大な重力による位置エネルギーが解放され熱となった.地球の核ではこのエネルギーが現在でも多量にため込まれており,高温を維持している(その外側のマントルなどの部分では放射性元素の崩壊熱も加わる).この結果,地球の核の外層である外核(溶融しておりある程度の流動性をもつ)においても中心側(高圧により固化している内殻側)が温度が高く,マントルに接している上部は冷たいという温度勾配が生じ,これを駆動力とする対流がダイナモ効果により磁場を生んでいる.

そんなわけで,地球の磁場を維持するためには外核の上下にある程度の温度差が必要である.ところが2012年に発表された一つの論文が,ここに大きな問題を引き起こした.その論文では密度汎関数法を用いて外核(≒鉄の塊)における電気抵抗を計算しているのだが,計算された抵抗値がこれまでの推計値の半分以下程度と非常に小さかったのだ.
小さい抵抗=高い伝導度の何が問題なのかというと,伝導度が高いという事がそのまま伝導電子による熱伝導性の高さを意味してしまうためだ.得られた抵抗値を用いて熱伝導度を計算すると,対流が全く無くても現在のモデルで推定されている熱流が全てまかなえるという結果になってしまった.つまり,対流を引き起こすような温度差を付けることが不可能となってしまう(別の言い方をすれば,対流を駆動するほどの余分の熱流がない).
これは大問題である.対流が起きなければダイナモ効果は働かず,地球の磁場を説明することが出来ない.温度差による対流以外に対流の起源を求めるという道(例えば内核側で固化する際に余分の元素が弾き出され,この化学的な濃度差が対流を駆動するというモデル)もあるのだが,それで全てを説明しようとするとまた新たな問題が生じることが知られている.

今回報告されたのは,「これまで影響が小さいとして無視されていた項が高温条件下では実は無視できず,それを含めると鉄の抵抗が高くなって問題は解決する」というものだ.
通常,抵抗を計算する際には電子が格子振動によって散乱される影響を考える.一方,これとは別の効果として伝導電子により別の伝導電子が散乱される,という電子-電子相関の寄与による抵抗も存在するのであるが,ごく一部の系(非常に伝導度が悪く電子相関の強い系や,格子振動の寄与がほとんど効いてこない極低温における抵抗など)を除けばその効果は非常に小さく,無視することが多い(*).

*なにせ,散乱を起こす相手も電子であるので,「電子が電子とぶつかって散乱され,それによって電子の状態が変化するので散乱のしやすさ等も変わる」という状況であり,最終的に自己無撞着な形に持って行くのが非常に難解であるため.計算が非常に難しいわりに効果は小さいので,極低温などでなければ通常は最初から無視してしまう.

ところが今回,著者らが電子-電子での散乱をちゃんと(といっても平均場近似を使ったかなり粗い物ではあるが)取り入れて計算したところ,温度の上昇と共にこの電子-電子散乱が急激に増加し,核の温度である6000 Kにおいては電子-格子散乱とほぼ同等の抵抗として働くことが明らかとなった.このため外核の鉄の抵抗値は以前の計算で得られた2倍の値となり,熱伝導率もそれに応じて低くなる結果,外核の上下の間で対流を起こすのに十分な温度差をつけることが可能となる.また,この計算から得られた抵抗値は以前に衝撃圧縮による実験(高速の飛翔体がサンプルに衝突した瞬間に生じる高温・高圧を利用し,極限状態での抵抗などを測定する手法)で得られていたデータと誤差の範囲内程度で一致していた.
要するに「計算から何か核での対流に関する新しいモデルを考えないといけないと思ったが,気のせいだった」という感じか.ぐるっと一周回って何でもなかったというのはこう,何とも言えない徒労感もあるが.

固体物理方面から面白かったのが,電子-電子相関を入れると無数の局在状態が(熱励起状態として)生じて,高温ではこういった局在状態の電子により伝導電子が散乱されることで抵抗が出ているのではないか,という部分.低温で局在化するような系はいくつもあるのだが,高温側でこういう妙なことが起こるというのは何となく面白い.
また,計算結果からはフェルミ面付近の伝導に関わる電子がこの外核の条件下だとほとんどd電子というのもなかなか意外.(2015.1.29)