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160. 電子の粘性によって生じる局所負性抵抗
"Negatice local resistance caused by viscous electron backflow in graphene"
古典的な多くの金属では,電子間の相互作用(電子相関)は電子の運動に比べ相対的にかなり弱く,運動が十分速いために電子相関の影響は平均的な場として近似(補正)してしまうことが可能である.このため伝導電子はほぼ自由電子と見なすことが可能となり,電子相関があらわに効いてくる事は少ない.これに対し,高温超伝導体や有機導体をはじめとするいくつかの系では電子相関の影響が大きいことがわかってきており,「電子同士の相互作用が無視できない系では,どんな変わった物理現象が起こるのか?」という研究が近年盛んに行われている.
粘性の測定が難しかった理由は,粘性が表れる温度域にある.粘性が観測されるには,粒子同士の相互作用,つまり電子同士の衝突が十分多数回行われる必要がある.これは電子の(電子同士の相互作用のみを考えた)平均自由行程がサンプルサイズよりも十分小さく,しかもフォノン(固体中の格子振動)による散乱よりも電子同士の散乱の方が遙かに多数回起こることが必要だ.
今回著者らはこれを使い,擬二次元物質であるグラフェンを用いフォノンの発生を低減,温度を高め(極低温から300 Kの範囲で測定)にすることで電子同士の衝突を増やし,電子の粘性の測定を行った.
A C この状態で,Aの電位を正に,Bの電位を負にもっていくと,AからBへと電流が流れる.もし粘性が無ければ,この時の電流の流れは入射口であるAから放射状に電流が注入され,それが出口であるBに向かう以下の矢印のようになると考えられる.
A C
この場合,電位はC>Dとなるので,A→Bで電流を流しながらC→Dで電位を測ると正の値が出る.
A C する今度は,A→Bに電流を流したときの電位がD>Cとなり,C→Dで電位を測ると負の電圧が観測されることとなる.
そんなわけで今回著者らはグラフェンで作ったこのデバイスで温度やキャリア密度を変化させながら(これは基板側にゲート電極を付け,そこの電位を振ることでキャリアを電子↔正孔で変化させたり,それぞれのキャリア濃度を変えたりしている),C→D間の電位を測定した.すると見事に負電位が現れ,電流(電子や正孔の集団)に粘性がある事が示されたわけだ.
*あくまで動粘度がハチミツより遥かに高い,という事なので,電流に手を突っ込むと凄く粘っこくなる,というわけではない(動粘度は密度で割るので,密度の低い電子の集団では値が大きくなる). |
159. 低コスト・高速充放電・超長寿命蓄電システム
"Environmentally-friendly aqueous Li (or Na)-ion battery with fast electrode kinetics and super-long life"
不安定な自然エネルギーの利用を促進するうえで,安価で長寿命なバッテリーの開発は必要不可欠であり,さまざまなバッテリーが開発されてきている. 著者らが用いたのは,水系の電池の研究などでよく用いられる3I- ↔ I3- + 2e-の反応と,NTCDAという分子をもとにしたポリイミドの酸化還元を組み合わせたものとなる(図1).前者は水溶液中でのイオンの酸化還元であるので構造変化は伴わないし,後者はC=Oのケトン部位がC-O-…M+となってイオンをくっつけるものでほとんど構造は変化しない.このため充放電での電極の構造変化がほとんど無く,劣化しにくい事が期待される.この2種の反応を組み合わせて電池とすると,起電力およそ1 V前後の電池を構成する事が出来る(実際にはNTCDAが二段階の酸化還元を示すので,話はもうちょっと複雑).実際の電池では全体のイオンのバランスをとるため,Li+またはNa+が溶液中に加えられており,これが電池中央の隔膜を通って左右に移動する事で電池として働く.このアルカリ金属イオンは単に電荷のバランスをとるためだけに入っているので,Li+をつかおうがNa+を使おうがあまり影響は無い.原料がNa+とI-,そしてポリイミドということで,この電池を作る際には資源量を気にする必要は無く,コストもかなり安くできると考えられる.
さて,論文に戻ろう.まず著者らは,それぞれ片側の電極だけでどの程度高速充放電が可能であるのかをチェックするため,電位を掃引する速度をだんだん上げていったときに単位時間あたりに流れる電流がどの程度増加するかを見ている.もし充放電が非常に早ければ(理想的には無限の速度が可能なら),電位の掃引速度を二倍にすれば電流も二倍になる.一方,通常の電池のように構造変化を伴って遅い場合には,電位の掃引を倍にしても電流値は倍までは増えない.この依存性を,I=a×vbという式で近似する事が可能である事が知られており(Iは電流,aは比例定数,vは電位の掃引速度,bは掃引速度依存性を示す定数),理想的には(=充放電が十分速ければ)bは1になり,充放電が遅いほどbは小さくなる.例えば充放電が非常に速いキャパシタなどではbはほとんど1であるが,リチウムイオン電池電極などではbは0.5程度にとどまる.
続いて実際に両極を用いて電池を構築し,その特性を測定している.1 C(充電または放電に1時間かかる電流.10 Cだとその十倍の電流となる)で充放電を行うと,183 mAh/g,約65 Wh/kgのエネルギー密度であった.このエネルギー密度は通常のリチウムイオン電池と比べると半分以下であるが,ニッケル水素電池と同程度の値となる.優れているのはその高速充放電性だ.110 C(この場合,33 秒で充放電が終わる)とかなり無理をしても95 mAhと半分程度の容量が利用可能で,220 C(16.5秒程度で充放電)でも59 mAhの容量となっている.550 C(6.6秒で充放電)という普段聞かないような大電流でも,だいぶ減るとはいえ28 mAhの容量を示した. それほど高くはないエネルギー密度という事で小型機器の電源として使うようなものではないが,大規模蓄電システムとしては比較的安価に作成が可能で,高速充放電&超長寿命が実現できるという点でかなり面白いかも知れない.(2016.2.12) |
158. ブロック共重合体を用いた3次元メソポーラス超伝導体の作製
"Block copolymer self-assembly-directed synthesis of mesoporous gyroidal superconductors"
物体をナノサイズ化したり,ナノレベルの構造をもつように加工すると,バルク(巨視的)の物体とは異なる特性を示す事が知られている.そんなナノ構造化による特性の変化が注目されている物質の一つが超伝導体だ.例えば薄膜の超伝導体は,基板との相互作用による格子歪みであるとか電荷移動による電荷の注入などによりバルクとは全く異なる転移温度を示す事があるとさまざまな報告が成されている.今回の著者らが取り組んだのはナノサイズの穴が無数に空いた超伝導体であるが,このような超伝導体では臨界磁場(大雑把に言うと,この磁場以上では超伝導が破壊されるという磁場)や臨界電流(これ以上の電流を流すと超伝導状態が破壊される電流)などに変化が現れると考えられている.これは,例えば磁場をかけられた場合,磁束がこの超伝導体に空いた無数の穴にトラップされ,超伝導体そのものに対しては磁束が触れていない,というような状態が実現できる事などに由来する.
さてこのようなナノ構造をどうやって作ればよいのだろうか?近年のナノ技術の進歩により,さまざまなナノサイズ,メソサイズ(10-100 nm程度)の構造をもった物体の作製が可能となってきているが,量産という観点からは高度なナノ加工技術よりも,物体が自発的にさまざまなナノ構造をとる自己組織化的な手法の方が優れていると言える.今回著者らが注目したのが,そのようなナノ構造形成手法の一つ,高分子の利用である. 得られたサンプルは電顕で確認すると非常にきれいに周期的な穴の空いた構造をとっており,さらにX線の結果(格子定数)からもジャイロイド構造が維持されている事が伺える.低温(超伝導状態)での反磁性を測定すると,体積に比べ非常に小さな反磁性のみを示し,磁束が穴を抜けている事も確認できた.ただし,作成時の加熱温度等に制限があるため(上げすぎたりすると穴が潰れて単なる塊になってしまう)サンプルの結晶性かドープ量か何かが最適化できず,転移温度はバルクの16 Kに対し7 Kとだいぶ低くなってしまっている(熱処理の時間や温度によっては,そもそも超伝導を示さない事もあるらしく,条件検討が難しかったらしい).
さて,これがどんな素晴らしい結果を導くか……というと,残念ながら現状では特に面白い結果は得られていない.前述の通り,まずそもそもの超伝導体としての出来が微妙である事なども効いているのだが,ちょっと肩すかしではある. |
157. CdSナノ粒子と細菌のハイブリッドによる半人工光合成系
"Self-photosensitization of nonphotosynthetic bacteria for solar-to-chemical production" 持続可能な社会の構築等の観点から,光合成などの光反応による各種有機物の合成が注目を集めている.しかしながら,天然の光合成系では作製できる有機物が限られていたり多種多様な産出物から目的分子を分離するプロセスが面倒であったり,効率の悪さが問題となってくる(照射光のエネルギーに対する効率で見ると,自然界の光合成は1%前後の効率しかなくかなり低効率のプロセスになる).一方,無機材料などを利用した人工光合成系も,効率の低さや生産できる有機物の種類の少なさ,(生物のもつ自己複製や自己修復機能を持たないがゆえの)長期使用時の劣化などこちらはこちらで問題を抱えている.今回著者らが目指したのは,自然界の細菌の持つ自己増殖,自己修復性や有機物の生産能力といった利点と,無機材料のもつ光利用効率の高さを兼ね備えたハイブリッド系の構築である.
著者らが目を付けたのが,今回実験でも用いられたMoorella thermoacetica(以下,単に「細菌」といった場合はこれを指す)に代表される好熱性酢酸生産菌である.これらの細菌類は通常は水素や一酸化炭素をエネルギー源として二酸化炭素から酢酸(等)を合成する能力(Wood-Ljungdahl経路)を持っているのだが,この経路を(水素や一酸化炭素のかわりに)電極などから送り込まれる電子(と,合成の原料となる二酸化炭素)を使って駆動する事が可能なことがこれまでに報告されているのだ.要するに,この細菌と,光によって駆動できる電子の供給源さえ用意できれば,光照射のもとで二酸化炭素から酢酸を合成出来る,という事になるわけだ(そして,生産された酢酸は各種有機合成の出発点に利用できる). 著者らはまず,この発想がうまくいくかどうかを溶液中に出てくる酢酸の濃度を測定する事で確かめている.CdSをくっつけた細菌を培養液中にいれ光(405±5 nm)を当てると,照射時間と共に酢酸の濃度が確かに増大していく事が観測された.同時に,細菌もエネルギーを得て増殖している.一方,同様にCdSを付けた細菌を培養液にいれ暗闇の中に入れておくと,酢酸濃度は自然分解により初期値から減少し,個体数も減少していった(使用できるエネルギー源が存在しないため死滅していく).対照実験として死んだ細菌にCdSナノ粒子を付けて光を照射した場合にも,酢酸の増加は見られなかった.つまり,酢酸濃度の増加は「生きた細胞」と「CdSナノ粒子」の両方が必要である事がわかり,目論見通り両者が協同して働く事で半人工の光合成系となっていることが示唆された. 当てる光を強くしていくと,酢酸の生成速度は次第に速くなるものの,量子収率(「吸収された」光のうち,酢酸生成に利用された量)は減少していった.ただ,ある程度以上強い光を当ててしまうと細菌は一気に死に始める.これは,細菌表面でのCdSによる電子の生成が多すぎ,細菌の細胞自体が破壊されてしまうためだと考えられる.最も量子効率が高かったのは,光をほどほどに弱めた状態で細菌濃度を高くした場合(つまり,細菌一つあたりの光量をかなり絞った状態)だ.この状態だと,量子収率は85%程度に達している. 面白いのは,昼-夜のサイクルを再現した「12時間光照射,その後12時間暗黒,というサイクルの繰り返し実験」の結果だろう.この場合,酢酸濃度は光を当てていない時間にもほぼ同じようなペースで増大していったのだ.著者らが推測しているように,これは細菌がまず光が当たっている間に中間物質のようなものを体内にため込み,実際の酢酸を合成する反応はこの中間物質を消費しながらもっとゆっくり進行しているためであろう.著者らが実験を行った照射時間の範囲内(最大24時間)で言うと,大雑把に,光を照射していた時間と同じかその倍の時間ぐらいは暗黒中でも酢酸の生成反応を進められるらしい.
最後に著者らは,実際の光照射のもとでのエネルギー変換効率を求めている.この場合では,光のスペクトルとしてはAM1.5(日本などの緯度あたりでの太陽光のスペクトル),光のエネルギー密度は2 W/m2(これはかなり弱い.日本あたりでの昼の日光の1/500程度に相当.前述の通り光が強いと効率が落ちるので,かなり弱めている?)である.この条件で酢酸を作製させたところ,照射光に対するエネルギー効率はおよそ2.44±0.62%であった.これは典型的な植物や藻類の光合成における効率である0.2〜1.6%に比べかなり高いと著者らは述べている. 現時点での実用性はともかくとして,ある種,細菌のサイボーグ的なものを作って光合成やらせようという点は非常に面白いと感じた.確かにこういった手法なら光合成できる植物や藻類にこだわる必要もなくなるわけで,今後選択肢がだいぶ広がる可能性がある.(2016.1.14) |
156. 多孔質『液体』
"Liquids with permanent porosity"
ナノ〜メゾスコピックなサイズの穴が無数にあいた多孔質物質,例えばシリカゲル,活性炭,ゼオライトなどは,ガス吸着やさまざまな分子の選択的な分離,触媒担体としての利用など,工業的にさまざまな分野で使用されている.さらに,近年の向上等における排ガス処理の要求のもと,各種ガスの選択的分離への応用を目指し各地で研究が行われている.
「液体に無数の細孔をもたせる」手法として著者らが用いたのが,「籠状の分子を,その入り口よりも大きな分子からなる液体中に無数に分散させる」というものである.実際の分子の形は論文のFigure 1の下段左を見ていただきたいが,分子形状としては8面体の4つの面がベンゼン環で塞がっていて,残り4つの面が入り口としてあいているような籠状分子を中心として,6つの頂点位置から溶解度を上げるためのクラウンエーテルが生えているような構造となっている.この籠の内部空間は直径およそ5 Å,入り口のサイズは4Å程度である.そしてこの分子を,クラウンエーテルの一種である15-crown-5(Figure 1の下段中央の分子)に溶かす.
という事で完成したこの液体,本当に多孔質になっているのかを著者らは確かめている. という事で多孔質である事が実証されたので,次はここに実際にガスを吸着させている.二酸化炭素,キセノン,メタンなどさまざまなガスが吸着できるようだが,例えば1気圧のメタンでは単なる15-crown-5の液体中への溶解度が6.7 μmol/gなのに対し,籠状分子を加えた多孔質液体では52 μmol/gと,7.7倍もの気体を吸蔵する事が出来た.多孔質性の明らかな現れである(ただし,この値は一般的な多孔質個体に比べると少ない).
著者らは最後に,15-crown-5が籠の入り口より大きいからこそ多孔質性が出ている事をこれ以上なく明白な実験で示している. 液体に多孔質性をもたせる,というのは非常に面白い発想であった.(2015.11.20) |
155. メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌は直接電子をやり取りしている
"Single cell activity reveals dirext electron transfer in methanotrophic consortia" 堆積した有機物は(浅い部分なら)細菌により分解されメタンを発生する.嫌気性条件下,例えばある程度の深さの地中や海底中では,このメタンは古細菌の一種である嫌気性メタン酸化細菌により酸化され(*),分解される.各所から発生するメタンは温室効果を通し環境に大きな影響を与えるため,放出されるメタンを減らしているこのメタン酸化プロセスに関する研究が最近注目を浴びている. *当然ながら,酸素の存在する環境では嫌気性細菌は生きていけないため,好気的メタン酸化細菌がメタン酸化を担っている.
さてこの嫌気性メタン酸化細菌,多くの場合で硫酸塩還元細菌などと入り交じった集合体を形成しており,単独での培養は非常に難しい事が知られている.メタンを酸化するには,何かを還元しなくては化学的にバランスがとれない.そこでこの二種の細菌の間には化学的な共生関係,つまり嫌気性メタン酸化細菌がメタンを酸化しかわりに何か中間体を還元,これを細胞外に放出し,それを受け取った硫酸塩還元細菌が硫酸イオン中の硫黄を還元するかわりにこの中間体を酸化する,という共生関係が成り立っているのではないかと推測されている. 研究に用いたのは代表的なメタン酸化細菌の一つであるANME-2と硫酸塩還元細菌との集合体(各集合体は,2種類の硫酸塩還元細菌のどちらかのみを含む)であり,全体で62の集合体(細胞数で合計5453)を調べている.各細胞がどの細菌なのかはFISH法(蛍光標識により細胞を識別する手法)を用い,各細胞の活動状態(どの程度メタン酸化や硫酸塩還元が行われているか?)は,15Nで標識した培地を用い,各細胞ごとにSIMS(イオンをぶつけ表面の物質を一部はぎ取り,それを質量分析に×手法)でどの程度15Nが取り込まれているかを見る事で間接的に調べている(活動が活発だと,培地中の栄養素をより多く取り込むため,15Nの量が増える).
著者らがまず調べたのは,メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌との活動具合の相関である.もし両者が単に混ざっているだけで相互作用が無いのなら,両者の活動の間の相関は低くなるだろう.実験結果では,ある集団中のメタン酸化細菌の活動が活発ならば,それに伴って硫酸塩還元細菌の活動も活発である,という直線関係がきれいに見えていた.これは,今までの研究から推測されるとおりの,両者の共生関係を示唆している.
著者らが実験結果から支持しているのが,メタン酸化細菌と硫酸塩還元細菌との間での直接的な電子のやり取りだ(この説自体はこれまでにもあったものの,主流ではなかった). 近年,微生物同士の電気的なネットワークの存在がいくつも明らかとなってきている.今回の発見もそれに繋がる研究の一つである.これまで見過ごされてきた「電気通信」,今後の進展次第ではかなり面白い事が出てくるかも知れない.(2015.11.10) |
154. マイクロRNAは生物の行動の制御にも関わっている
"MicroRNA-encoded behavior in Drosophila" かつての「生物の構造はDNAの塩基配列のみで決定されている」であるとか「DNAの情報は原本であり,そこからRNA,タンパク質へ一方向に情報が流れ機能を発揮する(セントラルドグマ)」という素朴な見方は,近年の分子生物学の驚異的な進歩により大きな修正を受けている.例えば細胞は周囲の環境条件に応じDNAに対しメチル化などの修飾を行い,塩基配列はそのままにDNAの発現量を制御しているし,最近では親の経験(による影響)がmiRNA(*)等を通して子に伝わるという,ある意味獲得形質の遺伝の現代版のようなメカニズム(**)も明らかになってきている(中身は大きく異なるが). *miRNA(マイクロRNA):タンパク質には翻訳されない,短いRNA.多くの場合,他の翻訳されたRNA(こちらはさらにタンパク質へと翻訳される)にくっつき翻訳を阻害する事で,タンパク質への発現量を減らすという制御機能を担っている. **親の細胞中でのmiRNAの発現量やDNAの修飾などは,親の経験(受ける刺激等)により変わる.その効果は親の体内で作られる精子や卵子の細胞でも例外ではなく,その結果受精卵の細胞がもつmiRNAなどの量に差が出てくる.すると,胎児の発達初期での遺伝子の発現量が(親から引き継いだ)miRNAの調整を受け,各部の発達具合に微妙な変化を及ぼす.これにより生まれてきた子のマウスの行動が影響を受けている事が報告されている(Nature Neurosci., 17, 667-669 (2014), PNAS, 111, 12222-12227 (2014)他). DNA中でのmiRNAへと翻訳される領域はかつてはジャンクDNA(タンパク質に翻訳されない,何のためにあるのかよくわからない領域)などと呼ばれていた部分であるが,そこから翻訳されるmiRNAは上記の例が示すように重要な役割を担っていると考えられるようになってきた.しかしながらその働きの多くは未だ闇に包まれている.今回報告されたのは,そのようなmiRNAが成長した個体において直接的な行動に結びついている,というものである.
著者らが用いたのはショウジョウバエの幼虫(いわゆるウジ虫)で,miR-iab4/8というmiRNAの部分が変異している.このmiRNAはホメオティック遺伝子(Hox gene,体節構造を作るための遺伝子であり,胚発生時に組織の発生する向きや位置を制御する.これが変異を起こすと変な位置に組織が出来たり,ある場所の組織が本来とは違うものに置き換えられたりする)の一つであるUltrabithoraxを抑制する働きがある.
さて,この違いは本当にmiRNAの有無の影響なのだろうか?当然ながら,このmiRNAがうまく発現していないために発生自体がきちんと出来ておらず,そのせいで運動機能が障害を持っているという可能性ももちろんある.そこで著者らはいくつかの実験を行った. ***酵母の配列を用いた手法.GAL4を作る部位をDNAに組み込んでおき,さらにUAS配列を発現させたいDNAの前の部分に挿入しておく.さまざまな要因でGAL4タンパクが作られると,GAL4がDNAのUAS配列に特異的に結合,それに続く部分の発現を引き起こす.ここにさらに温度感受性のあるGAL80ts(18 ℃程度ではGAL4の活性を押さえ込むが,29 ℃程度ではその機能が無くなる)を組み込んでおくと,低温ではGAL4が出るもののその効果がGAL80tsにより打ち消され,通常通りの発現を起こす.特定の時期で生育温度を29 ℃に上げるとGAL80tsの効果がなくなり,GAL4がUAS以下の遺伝子を発現させる.これにより,「生物の生育などにおけるある時期だけ,特定の遺伝子を発現させる/発現させない」という実験が可能になる.
つまりこの実験からわかる事は,
という事で「かつては何に役に立つかわかっていなかったmiRNAは,生物の運動という,神経系の働きだけで説明できると思われていたようなところにも結構食い込んでいるよ」と. |
153. 単純な構造で実現されたナノサイズの厚みの不可視化クローク
"An ultrathin invisiblity skin cloak for visible light"
波長よりも小さいナノサイズのアンテナ構造を組み合わせると,光に対する応答が通常のバルクの物体とは異なる,例えば負の屈折率を持つ「異常な」媒体を作ることが出来る.こういった物質はメタマテリアルと呼ばれ,波長限界を超える分解能を実現するスーパーレンズや高い光吸収率を実現するコーティングなど広い分野での応用が期待されている.そんなメタマテリアルの応用の中でも,最も有名なものは不可視化クロークであろう. 発展著しいメタマテリアル&不可視化クロークであるが,現状では様々な問題も知られている.例えば多くの構造では(※不可視化クロークを実現するための構造には何種類もある)対象物を十分包み込むだけの分厚い被覆が必要であり,そのような「ナノ構造の分厚い集合体」を作成できるような手法は現時点では存在しておらず,非常に小さな物体を不可視化することしか出来ない.また大部分の手法では,反射光の強度は物体が存在しないときと同様なものを実現できるが,その位相が(物体が無いときと比べ)変調されてしまい,干渉計のような測定手段に対しては不可視化が無効となってしまう.
今回著者らが報告しているのは,非常に簡便&薄膜状の構造で実現でき,しかも位相まできちんと再現した不可視化クロークである.
具体的にどんな構造化という模式図は,プレスリリースの右上の図を見ていただきたい.表面の凹凸具合に応じ,長方形の島の幅を変えたパターンを表面に作成する.すると,これらの無数の島からの反射波を合成したものは,まるでこんな凹凸など最初から存在しないかのような平面波として反射されるのだ.
実際に不可視化がどのように見えるのかはYoutubeにムービーとしてアップロードされているのでそちらを見ていただきたい.基板表面に深さ400 nm,幅10 μm,長さ数十 μmの溝が二本並べて掘ってあり,その表面に不可視化加工(金蒸着,MgF2蒸着,計算された形状に無数の島状に金を蒸着)してある.最初は溝が見える向きの偏光を当てており,立体的な構造が見えているが,偏光方向を90度回すと溝が見えなくなってしまう.そして最後に再び偏光方向を戻すとまた溝が見える.つまりこれは,ある偏光方向の光に対し不可視化がされている,と言うことだ(前述の通り,全方向の偏光方向に対し不可視化することも可能であるが,比較実験のため片方のみに対応させている). 相変わらず波長域は狭いとは言え,可視広域で,しかもこれだけ単純&非常に薄い被覆構造で不可視化を行えるというのはたいしたものだ.この分野の発展は非常に速く,今後の進展が楽しみである.(2015.9.20) |
152. 超高圧下で現れるH2SのBCS超伝導
Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressure in the sulfur hydride system
超伝導は理論的にも実用上も非常に興味深い巨視的量子現象である.特に実用面からは超伝導転移温度上昇への要望は強く,高温超伝導フィーバー以降,各国でさまざまな物質開発が試みられてきているのはご存じの通りだ.
さてここで,細かなメカニズムが長年にわたって謎となっている高温超伝導体は置いておいて,古典的なBCS理論で説明される従来型の超伝導体に話を絞ろう.この従来型超伝導体の転移温度,限界は一体どこにあるのだろうか?これらの超伝導体はBCS理論できれいに説明できるため,転移温度も大まかに算出できる.BCS理論によれば,超伝導転移温度は大まかにデバイ温度(これはデバイ振動数に比例する)×exp(-1/(電子格子相互作用の強さ×電子の状態密度))に比例する.要するに,格子振動の振動数が高くて,電子と格子との結び付きが強く,そしてフェルミ面付近に電子がいっぱいいれば転移温度が高いわけだ.
水素そのものは固体化に超高圧が必要なので非現実的としても,ある程度重い元素の水素化物,例えばSiH4SnH4などは高い超伝導転移温度が期待される有望な系だ.これらの物質中でも水素原子は高い振動数を保ち,また重原子の低い振動数を介して電子とも結びつきやすいため,トータルで高い転移温度が期待されている.ところが現実には,こういった水素化物における超伝導転移温度はわずか17 Kにとどまっていた.
結果を見てみよう.通常の実験では,著者らは200 Kで圧力をかけ,その後温度を下げて挙動を観察している.これがきれいなサンプルを得る上で重要らしい.かける圧力が50 GPa(1 GPaはおよそ1万気圧)を超えてくるとサンプルはかなり導電性を示すようになる(ただし半導体).90-100 GPaぐらいになると抵抗はかなり下がり,温度依存性は金属的で低温ほど低抵抗を示すようになる.ただそれほど良い金属とは言えず,導電性はやや低めだ.
そこで著者らは,150 GPaを超える高圧側の実験では200 Kで加圧したあと,一度室温にまで戻すことで構造を十分緩和させ,その後冷却して測定を行ったそうだ(これがきれいなデータをとるのに必要だと書いてある).この十分アニールしたサンプルで測定すると,150〜160 GPaかけたサンプルで最高の転移温度である203 Kを観測し,その後圧力を上げると少しずつ転移温度が下がる,という挙動が観測された.
さて,本物質では一体何が起こっているのだろうか? 実際に(H2S)2H2が生じているのかどうかはともかくとして,各種実験からは超伝導状態の存在はかなり確からしいと言える.久しぶりの転移温度更新がこれほど大幅なもので,しかもBCS系の従来型超伝導物質だというのは驚きであった.これに触発され,今後さまざまな従来型超伝導体の物質探索が進むかも知れない.(2015/9/3) |
151. 透過電顕と液体セルを用いた単一ナノ粒子の構造解析
"3D structure of individual nanocrystals in solution by electron microscopy" 物性研究において,構造解析はなくてはならない研究手段である.その物体内部で原子がどのように配列してどのような欠陥があるのかといった事は,その物体の電子状態や力学的性質に大きな影響を与える.構造解析の手段としてはX線回折が最も強力な手段ではあるのだが,現在のところある程度(数十 μm角以上)以上の大きさを持った結晶に対してしか適用することができない.このため,触媒等での利用が進む金属ナノ粒子の構造を知るにはX線回折を利用する事が出来ず(*),研究の大きな妨げとなっている. *平均構造を知るだけなら,多量のナノ粒子を集めて粉末X線回折を行うことが可能である.これにより,対象物がfcc格子なのかbcc格子なのか,といった事ならある程度判明する.
これに対し,金属ナノ粒子などの微小系に適用できるとして近年急速に開発が進む&注目を浴びているのが,透過電顕(Transmission Electron Microscope,TEM)を用いた構造解析法である.TEMは非常に細く絞った電子線をサンプルに当て,その中の原子と相互作用して位相変調や散乱を受けた電子線を拡大して検出器に当てることで物体の構造などを知ることができる装置だ.特に,ここ十数年ほどでTEMの技術は大きく進歩し,球面収差補正レンズ系(*)の開発などによりその分解能は原子サイズ以下にまで達している.
*電顕では,加速した電子線を磁場で曲げて収束する.これは光をレンズで集めることとほぼ等しいのだが,光と同様,レンズ(=磁場)形状が理想的な凸(凹)レンズからズレている事に由来してレンズの端近くを通る電子線ほど焦点位置がずれてしまう.球面収差補正レンズ系はこのズレを修正してきちんと一点で収束させるための補助的な磁場であり,この開発により分解能が数倍向上した. しかしながら,この「無数のナノ粒子から元構造を推定する」という手法が使えるのは,ほとんどのナノ粒子が同一の構造をとっていた場合だけである.例えば金属ナノ粒子の成長過程では,無数のもっと小さなナノ粒子が融合することで成長すると考えられている.この場合,複数の粒子が融合した部分には格子の向きのズレなどが発生する可能性があるが,このズレの程度が各粒子ごとに異なっていた場合,きちんとした元構造を推定することは不可能になる.
今回著者らが報告しているのは,無数の粒子の像を使うかわりに,たった一つの粒子のさまざまな方向からの観察像を使うことで元構造を推定しよう,というものである.
これまでにも,単一粒子をさまざまな方向から撮像することで原子配列を明らかにしようとした研究はいくつも存在する.しかしそれらにおいては,対象試料の乗ったステージを少しずつ回転させさまざまな方向からの像を撮り,そこから構造を再構築するために一つのサンプルの撮影に数時間から一日ほどの時間を必要とした.このため,ナノ粒子のように内部で原子の移動が起こりやすい系では適用が難しい場合もある. この結果,どういったものが観察できるのかというとSupplementary MaterialsのMovie 3と4を見ていただきたい.ノイズだらけの画面の中で,一部に縞状の色の濃い部分があるが,それが実際に観察されるナノ粒子である.液中なので,これらのナノ粒子は微妙に回転している(回転していなかったものは,観察対象から外す).この動画から一つのナノ粒子の様子を何枚も切り出し,それを計算処理することで元の構造を推定する.原理は単純ではあるが,見ての通り非常にノイズが多いので,プログラム的にはなかなか大変そうではある.
そうして得られたナノ粒子の再現構造の例2つがSupplementary MaterialsのMovie 1と2である.
Supplementary Materialsを見てわかるとおり,非常に微妙なデータから情報を抜き出して再構築しているのでやや怪しい部分もあるものの,本手法で得られた「普通に液相合成で作ったPtナノ粒子は,結構ぐちゃぐちゃな構造をしている」という結果は非常に興味深いものであった. |
150. 量子ドットとCCDを用いた簡易型分光光度計
"A colloidal quantum dot spectrometer"
光を波長ごとに分解しその強度を測定できる分光光度計は,物質と光との相互作用を扱う分野ではなくてはならない測定機器である.例えば化学においてよく用いられる可視紫外分光光度計などは,物質に光を照射し透過してきた光を測定する事で,その物質がどんな光をどの程度吸収するのかを測定する事が可能であり,物質の同定や電子状態の推測などを行うことができる. *一部の機器などでは,回折格子などで波長を空間的に分解した後に,CCDのような面型受光器で一気に測定する事で全波長域を一度に測定するものも存在する. しかしこの方法では,回折格子およびそれを用いた光学系で十分な波長分解能を得るために,それなりのコストとスペース(光路を伸ばすほど,異なる波長が空間的に異なる場所に分かれるので分解能が上がる)が必要となるため,安価かつ小型の分光器を作るのはなかなか難しい面もある. 今回報告されたのは,吸収波長が少しずつ異なる量子ドットとCCDを用いる事で,簡便にそれなりの波長分解能をもつ分光器を作る事が出来る,というものである.
著者らの発想は非常に単純なものだ.まず,吸収波長の少しずつ異なる量子ドットを多種用意する(Extended Data Figure 1).日常的なサイズの物質では多少の大きさの違いがあっても色は変わらないが,量子ドットぐらいの大きさとなると電子の閉じ込めサイズの違いがエネルギー準位に大きな影響をもたらし,サイズの違いで色=吸収波長が異なってくる.これにより,単一種類の物質であってもさまざまな吸収波長をもつ物質を作る事が出来る. 光源 → サンプルによる吸収 → フィルター上の量子ドットによる吸収(位置ごとに異なる) → 面型受光器(CCD) ここで原理の説明のために単純化し,「量子ドットA(400 nmより波長の短い光を全て吸収する)」,「量子ドットB(401 nmより波長の短い光を全て吸収する)」という2種類があった場合を考えよう.この場合,量子ドットA部分を抜けてきた光の強さから量子ドットB部分を抜けてきた光の強さを引くと,「400-401 nmの間の光の強さ」がわかる.今回の実験では,これを195種(+完全に透過してくる光)に関する連立方程式として扱い,各波長ごとの強度を再現するわけである.
いくつかのデモンストレーションが行われているが,例えばHR2000というポータブルサイズの分光器と比較した場合では,若干ピークが鈍っているものの,2 nmほど位置の離れたピークを一応分離することに成功していたり,1 nmずつズレた発光ピークを分解できていたりと,ほどほどの性能が達成できている. この手法で本当に低コストな分光器が作れるのか?という部分にはやや疑問もないではないが,まあ一つの提案としては面白い.(2015.7.6) |
149. シルバーアントの毛は優れた反射・放熱に寄与する
"Keeping cool: Enhanced optical reflection and heat dissipation in silver ants"
よく知られたように,サハラ砂漠は非常に過酷な環境であるが,多種の生物が存在し独特の生体系を形成している.とはいえ,日中は温度が45 ℃を超えるような事も多いため,ほとんどの生物は地中や岩陰でひっそりと息を潜めているのが普通である.そんな中,日中の砂漠を闊歩し,餌を探し回る生物が存在する.シルバーアント(Saharan silver ants)だ. (*)休眠状態でならより高温に耐える生物も居るが,この温度で活動できる生物はほぼ存在しないと思われる.なお,体の一部がこれ以上の高温の環境に接しているものなどが存在するが,体の他の部分が冷たい場所に接していてしっかり放熱できているため自身の温度はもっと低くなっていたりする. 著者らがシルバーアントの毛を電顕で詳細に観察したところ,一辺が1〜2 μm程度の三角柱状の構造を持っていることが判明した.その三角柱は一つの面を体に向け,他の2面が外向きに位置するような配置となっているのだが,体に向いた側の表面は平坦になっており,外部側に向いた2面には長軸方向にほぼ平行に細かな凹凸(間隔は100-200 nm程度に見える)が走っていた.いわばレンチキュラーレンズのような構造になっていることも明らかとなった.
この面は凹凸がある→ △ ←この面も凹凸がある この構造は,日中に降り注ぐ太陽光を反射するのに非常に効率的な構造であると言える.
まず一つ目として,毛や表面の凹凸のスケール(それぞれ1-2 μmと100-200 nm)が,太陽光の大部分を占める可視光(およそ350-800 nm)および近赤外(800 mn-2.5 μm)と同程度となっていることが挙げられる.
次に,体から遠い側の二面だけが表面に凹凸を持ち,体に向いた側が平坦な点もポイントだ.外部から入射した光は,外側の面(=細かな凹凸がある)によって効率的に多方向に散乱され,毛の内側に透過してくる光は少ない.
そして今回判明した最も興味深い点が,赤外線の反射率の低さである. (**)対流を使わずに輻射による放熱を行う系統のヒートシンク類では,表面をアルマイト処理するなどして反射率を落とす.これも,「反射率が高いと輻射が小さい」という事に関係する. ではシルバーアントはどうなっているのか?著者らが反射率を測定したところ,可視光から7 μmあたりまでの波長では毛の存在により反射率が高くなっていた(=日光を良く反射する)のに対し,8 μm以上の長波長領域ではむしろ毛がある方が反射率が低くなっていたのだ.この長波長の赤外線は,室温付近(サハラ砂漠の気温程度も含む)の物体が熱輻射をするときの中心的な波長である.つまりシルバーアントの毛は,降り注いでくる日光は反射して熱せられるのを防ぐが,自分自身が出す長波長の赤外線に対してはむしろ反射せず,逆に反射率を下げて輻射を増やすことで放冷を促進する,という効果まであったわけだ(反射が少ない≒輻射が多い).
どうやってそれが実現されているのだろうか? 生物がナノ構造を巧みに利用しているというのは現在ではよく知られたことであるが,それにしても良くできている.単に反射だけでなく輻射のコントロールまで行うというのは素晴らしい.(2015.6.26) |
148. 有機カチオンは,有機-無機ペロブスカイト太陽電池の効率上昇に寄与している
"Revealing the role of orgfanic cations in hybrid halide perovskite CH3NH3PbI3"
近年,太陽電池の分野において有機-無機ペロブスカイトと呼ばれる物質が注目されている.最も単純な組成ではAMX3となるこの物質は,鉛やスズなどの金属イオン(M)を6つのハロゲンイオン(X)が取り囲み八面体を形成し,それが頂点共有して無数につながることで3次元構造をつくり,有機物の正イオン(A+)が連なった八面体の隙間を埋めるような構造をとっている.
さてこの有機-無機ペロブスカイト太陽電池,なぜ効率が高いのか?という部分に関しては現在でも多くの議論が存在する.ポイントとしては(1)高い光吸収能力,(2)比較的大きなバンドギャップによる高い開放電圧,(3)光による励起で発生したキャリアの再結合が遅く,電極に到達するまでに失われるキャリアが少ない,という3つの特徴が挙げられる. 今回扱われているCH3NH3PbI3中において,有機カチオンであるCH3NH3+は短い棒状の分子である.棒状ではあるのだがかなり短いため,室温程度の熱エネルギーのもとではかなり自由に回転していることが知られている(ゆっくり冷やすと最安定な方向で停止する).これが電子状態にどのような影響を与えるのかを調べるのに際し,著者らは通常の密度汎関数法(DFT)にファンデルワールス相互作用を(経験的手法により)組み込んだ計算を行った.ファンデルワールス相互作用とは原子や分子間に働く弱い相互作用であり,例えば中性原子中の電子の位置が一時的にずれることで電気的な分極が発生し,それが周囲の原子に分極を誘起し相互作用する(分散力),といったような動的な機構を含む.このため第一原理計算に組み込むことは難しいのだが,今回はそこを経験論的なパラメータとして導入したわけだ.
計算の細かいところには興味が無いので,結論を見てみよう.
・ファンデルワールス相互作用を組み込んだ計算では,有機カチオンが(011)方向を向くのが(ちょっとだけ)安定. となる.
これまであまり注目されてこなかった有機カチオン側の役割を指摘した論文としてなかなか興味深い.また,ファンデルワールス相互作用のようなかなり弱い相互作用によりここまでの違いが生じるというのは驚きである. |
147. 巨大惑星が,形成時に主星に落下しないのは何故か?
"Planet heating prevents inward migration of planetary cores"
惑星の形成と進化に関する研究は長い歴史を持ち,そのメカニズムをかなりの部分まで解き明かすことに成功している.とは言え現在でもいくつかの謎は残っており,今回の論文で議論されている惑星形成時の「惑星移動」もその一つである.
惑星の成長時,つまり塵や岩塊などが微惑星/原始惑星に衝突する際には,その重力による位置エネルギーが熱へと変換され,惑星を加熱することになる.加熱された惑星からは熱輻射が生じ,これは惑星周辺で原始円盤のガスを加熱することができる.著者らはこの効果を大雑把に取り込み(定常状態のように,落下のエネルギーが全て輻射に変換されるとした),計算を行った. この結果はまた,「金属(天文分野では,水素やHe以外の元素をこう呼ぶ事も多い)の多い恒星の周囲では,惑星が見つかる可能性が高い」という観測結果を説明することもできる.金属量が少ない(=大部分が水素やHeから成る)ガス円盤では,塵の量も少なく,原始惑星への降着速度も遅い.となると,その成長過程においては輻射は弱くなり,惑星を外側に引っ張る力はほとんど働かない.この結果,ガスによる抵抗に負け,原始惑星/微惑星はどんどん恒星へと引き込まれてしまうのだ(そして恒星の周辺では温度が高いので,重力による集合は作られにくい).これに対し重元素を多く含むようなガス円盤の場合,原始惑星の周囲には十分な量の塵や岩塊が存在し,惑星に勢いよく衝突していく.すると原始惑星の温度が上がり,ガス抵抗に打ち勝つだけの十分な輻射を生み出すことができるわけだ. 灼熱の原始惑星が周囲のガスを加熱し,その流れに乗って系内を移動していく,というのは何ともダイナミックで面白いモデルであった.(2015.4.2) |
146. 溶けたアルカリ金属を水に入れると爆発するのは何故か?
"Coulomb explosion during the early stages of the reaction of alkali metals with water"
金属ナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属類は非常にイオン化しやすいため水とは激しく反応し,その融解した液滴を水に落とせば爆発する.これは水に触れたアルカリ金属が一瞬で反応し急激に発熱,それと同時に発生した水素が引火し,これらの合わさった熱によって一気に爆発するためである.これはよく知られた事実であり,教科書にも載っているような非常に基本的な知識だ.
……だが,本当にこれは正しいのだろうか? 冒頭で,著者らは疑問を投げかける.爆発するには,急激な反応が必要である.しかしその一方で,溶けたアルカリ金属が水に触れると急激な反応で水素が発生するし,反応熱は水の気化により水蒸気も生む.これによるライデンフロスト効果はアルカリ金属と水との接触を阻害し(*),反応速度は遅くなるはずである.また,表面に発生する水酸化物も水との接触を阻害する.これでは急激な爆発を引き起こすのは難しいのではないか? *無論水蒸気も水であるのでアルカリ金属と反応するが,液体の水に比べれば密度が圧倒的に小さいため反応は遅い. そこで今回著者らは,爆発の様子を詳細に観察すべく,高速度カメラによる観察を行った.記録レートは毎秒約10,000フレームであり,水面上および水面下での様子を記録している.サンプルとしてはNa/K合金(Kが約90 wt%)を用いているが,これは室温で液体の合金であり,シリンジから滴下することで毎回均一な液滴を再現性良く落とすことが出来るためである(実験は当然不活性ガス中で行われている).
実験結果の動画がSupplementary InformationのMovie 1として公開されているが,いくつか興味深い特徴が明らかとなった. さらに興味深い特徴は,水面下に表れる無数のトゲ状構造である.水面に接触したアルカリ金属の液滴は,瞬時に(0.1 ミリ秒以下ぐらいから)水面下に向かって無数のトゲを成長させる.このトゲの急速な成長が水とアルカリ金属との接触を急速に増やし,爆発的な反応(と,それによる実際の爆発)を引き起こしていると考えられる.つまり,普通だったら反応により生じる蒸気の層や水酸化物の層が保護膜となって反応を遅らせるのに,アルカリ金属自体が無数のトゲを作って水へと突き刺していくためにこの保護膜が機能せず,急速に反応が進むわけだ.
この無数のトゲは何なのだろうか? **なお,こういった電荷による断片への破砕は分子を一気に多価イオンにした場合などにも良く観測され,クーロン爆発と呼ばれている.論文のタイトルにあるCoulomb explosionがそれである. まとめると,以下のようになる.
アルカリ金属の液滴が水に触れると,電子が水へと急速に移行する. というわけだ.なお,トゲ状の構造が爆発に由来する副次的なものではない事も,液体アンモニアへの滴下により確認している.この場合,無数のトゲ状の構造は発生するものの爆発は起こらない(アンモニアとアルカリ金属との反応がおだやかであるため). 何とはなしに「わかりきったこと」と思っていたアルカリ金属液滴と水との反応にも,ずいぶんと面白い物理が隠れていたものだ.(2015.3.17) |
145. 超伝導を光でOn-Offする
"Light-induced superconductivity using a photoactive electric double layer"
近年,固体物性研究の場において電気二重層を用いたキャリアドーピングが注目されている.伝導現象に関わるのは電子(やホール)といった電荷キャリアであるが,これらが集団でどのような伝導性を示すかといった事はキャリアの濃度に大きく依存している.そして,キャリアの濃度は電位により変化させることが可能である.例えば電子をキャリアとする試料を大きく負電位に持って行ってやれば,負電荷をもつ電子のエネルギーが高くなり,電子が外部へ逃げだしキャリア密度は減る(ホールがキャリアなら,逆にキャリアは増える).この効果を利用しているのが例えばMOSFETであり,絶縁層の上にゲート電圧を作り,そこに高い電位をかけることで試料表面の電位を変化させ,キャリア密度をコントロールすることが出来る.
そんな電界効果を用いてキャリア密度を大きく変化させるには,非常に高い電位をかけることが必要になる.しかしながら,大きな電位をかけようとすると絶縁層が破壊されてしまうため,かけられる電位にはどうしても限界が生じる.何を絶縁層に使うかにより多少変わるが,かけられる電場は最大で数 MV/cm程度,誘起できるキャリア密度は1013 cm-2弱程度が限界である(実際には種々の問題が生じるため,もっと低い).電子相関が重要となる強相関電子系では,この1桁程度上のキャリア密度あたりで様々な相転移が生じることが知られていることから,もっと高いキャリア密度を誘起できる手法が求められていた.
その発想はかなり単純なものだ.著者らは,光異性化を起こすスピロピランに注目した.スピロピランは半世紀ほど前に光異性化(と,それに伴う色の変化)を起こすことが報告された古い物質だ.この分子に紫外光を照射すると,分子中の環の一つでC-O結合が開裂し,最終的にN+とO-というイオン対が分子内に生じる(Supplementary Materials,Figure S1).さらに,開裂後の分子に可視光を照射することで元の環化したスピロピランへと戻すことも可能だ. 光異性化によるイオン対生成をEDL的に使うというのはなかなか面白い.かかる電位としては通常のEDL-FETに比べると低そうな感じではあるので単なるFETと比べた際の利点はなかなか難しくもあるが,アイディアとしては興味深い.(2015.2.13) |
144. テープを剥がしてでナノ粒子
"Mechanochemical Activation and Patterning of an Adhesive Surface toward Nanoparticle Deposition"
スコッチテープはこれまでにグラフェンを作ってノーベル賞を獲得したり薄膜超伝導を起こしてみたりX線を発生させたり等々と八面六臂の大活躍を見せているわけであるが,その最強伝説にまた新たな一ページが加わることとなった.
元々今回の著者らは,ポリマーの表面を押しつけてから剥がすと表面で引っかかった分子鎖が切れ,ラジカルやら正負の電荷やらが生じる,という研究を行っている.
1. スコッチテープを(巻いてある状態から)適当に引き出す
という流れになる.
この効果は,テープを剥がした際に生じるラジカルに由来するものである.そこで,立体的なパターニングを行った表面にスコッチテープを貼り,そこから剥がしてから金属イオンの溶液に浸ける,という実験も行っている.パターニングされた部分だけが出っ張っているので,スコッチテープにはこの部分だけが張り付き,剥がした際にはこの部分だけにラジカルが生じる.その結果,スコッチテープ表面のパターニングされたものと同じ位置だけに金属ナノ粒子が付着する.要するに,特定の位置だけ特定の金属ナノ粒子でデコレート出来るよ,というわけだ.
テープ表面に色々な機能を簡単に付与できる,というのはなかなかに面白い.量産も簡単だろうし,抗菌・抗バクテリア性あたりは使い道もありそうだ. |
143. 走査型透過電顕によるEELSを用いたナノレベルの局所温度測定
"Nanoscale temperature mapping in operating microelectronic devices"
物性物理,半導体などを含むナノ材料,分子生物学などの発達に伴い,対象の温度をナノレベルの細かさで測定したいという要求が生まれており,いくつかのナノ温度計のアイディアが報告されている.温度を測定する際には対象物にプローブを接触させて直接温度を測定する方法や,熱輻射などを遠隔から測定する手法が存在するが,前者ではプローブの接触が対象の温度に影響を与えてしまう恐れがあり,後者は赤外光の回折限界のためナノレベルの分解能で温度を測定するには適していない.
著者らが注目したのは,金属におけるプラズモン励起だ.プラズモンとは電子の集団励起により発生するもので,単純化して言うと伝導電子がまとめて振動することで,(取り残される正イオンと振動する電子集団による)電気的な双極子が振動しているものを指す.金属や半導体などでは,外部から光などを用いてエネルギーを与える事でこのプラズモンを励起することが出来る.
・温度が変わると,体積変化(等)により電子密度が変わる
では,実際にそれは測定可能なのだろうか?
というわけで,面白い手法である.が,欠点もかなり存在する.まず,透過電顕であるのでサンプルは100 nm程度以下の厚みのものでないといけない.これでは通常の半導体素子の熱解析などにはちょっと利用できない.また,プラズモンを使用するため金属や半導体など,プラズモンが励起できるものでないと適用できない.さらに,ある程度の面積で温度のマッピングを行おうとすると,結構な時間がかかる.例えば著者らが500×1400 nm程度の領域をマッピングするのに,およそ40分の時間をかけている.まあこれは4 nm四方の細かいピクセルの温度を次々に測って画像としているために仕方のないところではあるが(1ピクセルあたりで考えると,0.1秒以下か?). |
142. ひよこにおける心的数直線は人間のものと似ている
"Number-space mapping in the newborn chick resembles humans' mental number line"
人間の数に対する認識は,空間的な方向などに対しマッピングされている.例えば数値の大小は空間的な左右と関連づけられており,左の方に小さな数が,右の方に大きな数が存在する方が自然であると感じられる(キーボード上の数字の配列もこの順になっている).別な例として,被験者にランダムに数字を挙げてもらう際に,被験者に右を向いてもらいながら行うと大きな数字に,左を向いてもらうと小さな数字に偏ることも知られている.こういった人の認識における数と空間的な方向の関連づけは心的数直線と呼ばれ,日常における行動などにも影響を与えていることが知られている. まず実験であるが,以下のような方法で最初にひよこをある数に対し条件付けする.ほぼ三角形の部屋の頂点付近にひよこを置き,その反対側(対面の辺の近く)に1枚のついたてを置く.このついたてにはある枚数の小さな正方形のシール(これが,条件付けされる「ある数」)が貼ってあり,裏には餌が置いてある.例えばひよこを「5」に対して条件付けしようと思った場合は,ついたての表面に5枚のシールを貼るわけだ.なお,シールの配置が特定の(何かひよこの興味を特別に惹く)配置になりにくいよう,シールの貼り方やサイズ,色などはランダムに様々なものを用いている(この辺を変えながら比較などもしているようだが,省略).この条件付けを終わると,いよいよテストである.同じようなほぼ3角形の部屋だが,今度は(ひよこの初期配置の頂点以外の)2つの頂点位置に,それぞれ1枚ずつの同一のパネルが置かれる.ただし,このパネルに貼ってあるシールの枚数は条件付けした数よりも多い(Large Number Test)もしくは少ない(Small Number Test).この状態で,ひよこが右と左,どちらのパネルを選ぶかをテストするわけだ.例えば「5」で条件付けしたひよこが,「8」(Large Number Test)枚のシールが貼ってある左右のパネル(2つとも8枚のシールが貼ってある)のどちらのパネルを選ぶか?を見るわけだ.
実験は3パターンを行っている.
では,結果である.
「心的数直線」という概念を初めて知ったので,なかなか面白く読めた論文であった.今回の結果だけで人間の心的数直線の起源が確定するわけではなく,まだまだ議論は続くのであろうが,興味深い. |
141. 地球の核の対流を引き起こす,電子-電子相関
"Effect of electron correlations on transport properties of iron at Earth's core conditions"
地球は比較的強い磁場をもつ惑星であるが,この磁場は核において起こっている対流によって生じていると考えられている.この対流を生み出す大きな原動力として想定されているのは熱である.
そんなわけで,地球の磁場を維持するためには外核の上下にある程度の温度差が必要である.ところが2012年に発表された一つの論文が,ここに大きな問題を引き起こした.その論文では密度汎関数法を用いて外核(≒鉄の塊)における電気抵抗を計算しているのだが,計算された抵抗値がこれまでの推計値の半分以下程度と非常に小さかったのだ.
今回報告されたのは,「これまで影響が小さいとして無視されていた項が高温条件下では実は無視できず,それを含めると鉄の抵抗が高くなって問題は解決する」というものだ. *なにせ,散乱を起こす相手も電子であるので,「電子が電子とぶつかって散乱され,それによって電子の状態が変化するので散乱のしやすさ等も変わる」という状況であり,最終的に自己無撞着な形に持って行くのが非常に難解であるため.計算が非常に難しいわりに効果は小さいので,極低温などでなければ通常は最初から無視してしまう.
ところが今回,著者らが電子-電子での散乱をちゃんと(といっても平均場近似を使ったかなり粗い物ではあるが)取り入れて計算したところ,温度の上昇と共にこの電子-電子散乱が急激に増加し,核の温度である6000 Kにおいては電子-格子散乱とほぼ同等の抵抗として働くことが明らかとなった.このため外核の鉄の抵抗値は以前の計算で得られた2倍の値となり,熱伝導率もそれに応じて低くなる結果,外核の上下の間で対流を起こすのに十分な温度差をつけることが可能となる.また,この計算から得られた抵抗値は以前に衝撃圧縮による実験(高速の飛翔体がサンプルに衝突した瞬間に生じる高温・高圧を利用し,極限状態での抵抗などを測定する手法)で得られていたデータと誤差の範囲内程度で一致していた.
固体物理方面から面白かったのが,電子-電子相関を入れると無数の局在状態が(熱励起状態として)生じて,高温ではこういった局在状態の電子により伝導電子が散乱されることで抵抗が出ているのではないか,という部分.低温で局在化するような系はいくつもあるのだが,高温側でこういう妙なことが起こるというのは何となく面白い. |