最近読んだ論文

 

222. 自由に動くアームをもつロボットとベイズ探索を用いた物質探索

"A mobile robotic chemist"
B. Burger et al., Nature, 583, 237-241 (2020).

触媒化学などでは,さまざまな助触媒等の添加物を加えることでその活性が大きく変化することが知られている.しかも複数の物質を加える場合,それらの添加物間にも相関が生じることもあり,Aを入れると活性が上がる,Bを入れても活性が上がる,しかしAとBを同時に加えると活性が下がる,など非常に複雑な応答を示すことも多い.このため高活性の反応条件を見つけ出すためには片っ端から組み合わせを試す,というのが有効なのではあるが,何せ人間の手数には限りがあり,短時間で大量の組み合わせを試すのは至難の業である.
液体同士の反応などの場合は,マイクロ流路チップなどに複数の薬剤をポンプで繋ぎ,プログラムしたポンプでそれらを適宜駆動することでさまざまな比率での混合・反応を短時間で試すことが可能となっている.しかし固体の粉末などを用いる実験ではそういった装置が組みにくく,学生やらバイトやらを総動員してしらみつぶしに物質探索を行う,などがボトルネックとなっていることも多い. (この辺は昔に高温超伝導体の物質探索が通った道でもある)

さて,ただひたすらに似たような作業を繰り返す場合,工業的にはロボットが多用されている.しかも近年の技術の進歩により,ロボットには非常に柔軟で高機能な腕を備えたものもあり,これを化学の分野に応用できれば無人で黙々と物質探索を行うことが可能なのではないだろうか?
今回紹介する論文は,そんな目論見で実験のオートメーション化を図り,さらに制御プログラムがベイズ探索を行うことで短時間で高効率な反応条件を見つけ出せることを実証した,という論文になる.ターゲットとしたのは光触媒による水の分解で,加える物質などを条件を変えながら,光照射により発生する水素の量をガスクロで定量している.

まずは使われた働き者のロボットはこいつである.休日なしでも文句も言わず,バッテリーにより1日に21.6時間ほど稼働する(それ以外の時間は充電ステーションで休憩)ナイスガイだ.上部に備えられた腕は7自由度でさまざまな動きが可能,14 kgまでのものを持て,80 cm強の距離まで伸ばすことが可能.さらに本体には最大で200 kgのものまで載せて移動することができる.細かいことを言うと上に載っている腕と下のベースは別々に販売されている2台のロボットなのだが,まあこの実験の範囲では一体となって稼働するので合わせて1台と思ってよい.
本体には作業場所のマップを入力してあり,レーザー測量と組み合わせて理想的には1 mm以内(実際に実験室で試しても10 mm以内),角度も2.5度以内という高い精度で位置をコントロールできる(ついでに言うと何なら暗闇の中でも稼働できるので,光に弱い化合物の合成にもうってつけだ).
この精度はたいていのことには問題ないのだが,小さなサンプル瓶の取り扱いにはやや問題がある.そこで各実験場所で補正用のキューブを使用している.ロボットが所定の場所(例えばサンプル管を取り出す,などの場所)に来ると,その場所には補正用の100x100x50 mmの黒い箱が固定してある.ロボットはアームでこの箱の周囲6点に触れアームの位置を再確認(補正)することで,位置精度±0.12 mm,角度精度±0.005度という非常に高精度な動きを可能としている.

このロボットもいろいろできるのだが,それだけで実験を行うことは難しい.著者らはこのロボットに加え,メトラーが販売している粉体ディスペンサーQuantos QS30(設定された量の粉末を吐出する)や,少量の液体を正確に送り込める蠕動ポンプ&出てきた液量を重さで測るための電子天秤も用いる.これらは例えばArduinoなどで制御され,メインのAIが設定した量の原料を適切に提供する.ロボットはサンプル瓶(が16個ぐらい入るケース)をもって移動,各種の物質をさまざまな比率で混合し,それを窒素ガス下で封入(さすがにこの装置だけは市販ではなく,特注で作ったらしい),振盪機に入れよく振り交ぜながら光照射,その後ガスクロのところへ持っていきセットすると制御されたガスクロが水素の発生量を定量する.得られたデータは全体を統括するAIに送られ,どのような比率で何を混ぜるのが効果的なのかをベイズ探索により推測し,より高効率な組み合わせができると思われる分量を設定する.そしてロボは(充電時間以外は)サボりもせず黙々と実験を続けるわけだ.なお,実際の全体像各種装置のところを見てもらうとわかる通り,ロボの移動を考えかなりスペースをとった実験室を作っている.

それではまずは,ロボが黙々と働く様子を見ていただこう.

文句も言わず黙々と働くロボ
夜も暗闇の中で働く
キャリブレート後,粉を入れてもらったり液体を入れてもらったり振盪したりガスクロを使いこなすロボ(ボタンも押すよ!)
不活性ガス雰囲気で蓋をかしめる特注装置

なんというブラック職場.それでも文句も言わず黙々と働くロボ,実に良いですね!

この実験で著者らは,光による水の分解触媒としてP10(ポリマーの一種),正孔捕捉剤として事前の実験で良さそうだったシステインを用いた.触媒特性に影響を与える(可能性がある)ものとしては,過去の光分解の報告例で効果があったとされるものを中心に,(1)色素(これが強く光を吸収し,触媒にエネルギーを渡すことで効率が上がる.今回の実験では3種の色素分子を検討),(2)pH(NaOHを加える量によりpHをコントロール),(3)イオン強度(NaClを加えることでイオン強度をコントロール),(4)界面活性剤(触媒と溶液の接触が良くなり効率が良くなる可能性.イオン性と非イオン性の2種を検討),(5)水素結合しやすい分子(正孔捕捉剤や色素を触媒ポリマーに結び付ける可能性.Na2Si2O5を使用),という5つのパラメータを振っている.
これらのパラメータは全体の液量が5mlに制限されている点,および加える際の刻み幅(ポンプや粉体ディスペンサーの最小幅)を考えると,組み合わせとしては約1憶パターンがあり得るため,全体を探索するのは不可能である.そこで前述の通り,ベイズ探索を組み合わせることでできるだけ少ない試行回数で最適(に近い)条件を探させた.サロゲートモデルの構築とかの話も出ているが,さすがにそこまでは追えず.

では,どんな流れでロボ(と,裏で配合を考えているAI)がより良い比率にたどり着いたのかを追ってみよう.
まずスタートはランダムな配合比率からスタートである.つまり,光触媒の量や正孔補足剤の量自体もランダムだ(当然,活性は非常に低い).最初の22実験(1実験で,多分16サンプルぐらい作って測っている)で,AIはようやく「P10(光触媒)とシステイン(正孔捕捉剤)が一番のキーファクターらしい」と気づく.続いてAIはNaClを加えてイオン強度を上げるとやや活性が上がることを見出す.さらに100実験め(実時間で2日ごろ)までには,3種の色素や2種の界面活性剤がいずれも効果が無いことを発見.以降はこれらをほとんど加えない組み合わせ中心に探索が進む.これと並行し,30実験めあたりでAIはNa2Si2O5の使用が活性を上げることを見出す.一方でNaClはそこまで大きな効果を表さないことに気づく.こうして最後の688実験が終了した8日後には,P10とシステインにNa2Si2O5とNaOHを加えることで,単にP10とシステインだけの場合に比べ6倍も水素を発生できる組み合わせに行きついた(そしてこの触媒に対しては,色素と界面活性剤とNaClは要らないことも判明した).
なお著者らの見積もりによれば,同じぐらいの実験を人間が全部手動でやろうとすると数百日ぐらいはかかる,とのことである. (実際には人間もある程度自動化した装置を使うので,ここまではかからないとは思うが)

というわけで,ロボ(と適切な探索アルゴリズム)を組み合わせると,今以上にいろいろなもので大量探索が行えるよ,という論文であった.充電以外は休まず黙々と働いてくれて実にうらやましい限りである.(2020.7.10)

 

221. 壊れにくい超撥水表面の作成法

"Design of robust superhydrophobic surfaces"
D. Wang et al., Nature, 582, 55-59 (2020).

非常に水をよくはじく超撥水の表面は,ほんの少しの傾きがあれば濡れても水分が全て玉状となって流れ落ちるため,例えば汚れにくい表面や曇らない鏡,ドロッとした食品系のペーストがくっつかない蓋などとして実用化がされている.こういった(水系の)液体がくっつかない表面加工はこのほかにも,粘性の高い水溶液や懸濁液を低抵抗で流せるパイプ用の内面加工など,まだまだ数多くの応用が提案されている材料である.
このような超撥水の表面を作るには,どうすればよいだろうか?撥水性/親水性は,基本的には表面と水分子との相互作用によって決まる.もし表面が水分子とほとんど相互作用しない物質だった場合,水分子はそれらの表面にくっつくよりも,他の水分子に囲まれて自由に水素結合を作っていた方がエネルギー(正しく言えば,エネルギー,またはエンタルピーから,エントロピーと温度の積を引いた自由エネルギー)が低くなる.逆に言うと,水は撥水性の物質と接している接触面積に比例しただけエネルギーが上がる(界面エネルギー).
このため水はできるだけそれらの物質と接触しないように変形し,接触面積が小さくなるようになる.つまり撥水表面での水玉のような構造となる.通常取り扱える物質の中で,水との相互作用が非常に小さいのはフッ素樹脂である.これは通常のポリマー同様の炭素鎖の表面を,数多くのフッ素原子で修飾したものであるが,フッ素原子はその小ささと大きな核電荷ゆえに原子表面の電荷が動きにくく,分極率が極めて小さい.このため他の原子との相互作用が非常に弱い(テフロンが低摩擦な理由の一つでもある).
しかしながら,フッ素樹脂で表面をコートしただけでは,高い撥水性は持つものの「超撥水」(接触角が150度以上)までは行きつかない.超撥水を実現するには,物体の表面にナノレベルの凹凸を作る必要がある.物体の表面に非常に細かい凹凸があると,水と接した際の接触面積が増える(何せ表面に猛烈に細かい凹凸があるので,見た目以上に実際に接している面積が大きい).このため撥水性の物質の表面にナノレベルの凹凸を作ると,さらに格段に撥水性が上がり,超撥水の表面を作り出すことができる.

さて,この「超撥水には不可欠な,ナノレベルの凹凸」が問題である.物体の表面というのは,しばしば他の何かにぶつかったりこすれたりする部分にあたる.そこにナノレベルといういかにも壊れやすいサイズの凹凸が露出しているわけだから,超撥水の表面というのは何かとこすれるだけで容易に構造が破壊され,超撥水を示さなくなってしまうのだ.
もちろんこれまでにも様々な改善法は提案されており,例えばナノ構造を作るポリマーの化学結合をもっと強いものに置き換えるだとか,高強度の柱を立てておきそれで外部から近づいた物体を支え,本当の表面にある凹凸を守る,などが報告されている.しかしこれらは抜本的な解決になるほど強度が上がらなかったり,多少ましになっても生産性に難がある(量産しにくい,高価,等)など問題を抱えている.
今回著者らが報告しているのは,逆ピラミッド型の窪みを基板上に安価に作成し,そこにナノサイズの凹凸を作りこむことでナノ構造を保護しつつ高い量産性を確保する,というものである.

どういうものを作ったのかはこれはもう図を見たほうが早いので,Supplementary InformationのSupplementary Figure 4,5,7aと7b,10aを見ていただきたい.といってもまあ上で説明したまんまで,「ピラミッド状の型を作る → それをもとに『ピラミッド状に凹んだ表面』を作り,表面を撥水加工する」というだけの代物だ.なお,別にピラミッド型に限らなくてもよく,三角錐型やハニカム状の窪みを作っても同じようなことになる(Supplementary Figure 18).大まかなサイズとしては,ピラミッド状構造の一辺が100 μm程度となっていて,そこそこ大きいので作りやすそうである.
このようなピラミッド型の窪みをもった表面の作り方は何通りかあるが,例えばSiO2/Si基板にリソグラフィーで格子状にSiO2を残し化学的にエッチングするとピラミッド状の窪みができる.その上にポリマー原液をキャストして固め,ピラミッド状の突起のあるポリマーを作成.そいつを剥がして取り出し,今度はこのポリマーを鋳型としてセラミックの原料をキャスト,剥がしてセラミック部分を焼結すればピラミッド状の窪みがある薄膜が作れる.ポリマーを何度も再利用すれば同じ構造が何枚も作れるという寸法だ(Supplementary Figure 4と9).また別な手段として,円筒状のローラー表面にピラミッド状の突起を作りこんでおけば,こいつを基盤に押し付けながらゴロゴロ転がしていくだけでも同様なピラミッド状の窪みのある表面も作れる(Supplementary Figure 10).しかも転がして作るだけなので大面積化も余裕だし,緩やかな曲面にも転写できる.同様に,ピラミッド状の突起をもつSiやリン化ニッケルなどの硬い基板をハンコのように使い,金属表面やガラスにスタンプするだけでピラミッド状の窪みが量産可能である(Supplementary Figure 11,12).
ピラミッド状の窪みが出来たら,続いてナノ構造の作り込みだ.こちらも単純な手法で,基板表面に対しろうそくの煤を堆積させることでナノサイズの炭素粒子が積み重なる.それをテンプレートとしてシリカを堆積させ炭素を焼きだすとナノ構造のシリカで覆われた表面(ただしシリカなので親水性)となり,さらにその表面にフッ素修飾した炭素鎖を結合すると超撥水の表面の完成となる(Supplementary Figure 14).
このようにして作成した表面は,まずそのままの状態で接触角150度以上の超撥水性を示した.

続いて最も大事な耐久試験である.こちらも動画を見ていただくのが手っ取り早いだろう.
まず通常の(一般的な)超撥水表面を剃刀の刃でゴリゴリとこすると,表面構造が破壊されあっという間に超撥水性はなくなってしまう(41586_2020_2331_MOESM2_ESM.mov).
ところがこれに対し,今回著者らが作成した表面は,剃刀の刃で縦横にゴリゴリと削り,さらにドライバーでこすり,金だわしでこすり,サンドペーパーで削り,柔軟なプラスチックのへらでこすっても撥水性が維持されている.これは平面状のSi基板でも,曲面上のセラミック基板でも同様である(41586_2020_2331_MOESM3_ESM.mov).
※そこまでやらんでも,という気もするが,まあ,説得力はある.

ゴリゴリやる前と後とで,接触角的には数度程度しか劣化が見られない.これは,ゴリゴリとこすっても,少しずつ削れているのは鎧として保護に役立つ「壁面」部分であり,液体との接触の大部分を担う「窪み」の部分にはほとんどダメージが行かないことに由来する.
こする前後での落下した水滴の跳ね具合などを見ても(41586_2020_2331_MOESM5_ESM.mov),ダメージが少なそうなことは見て取れる.
さらに長時間のスクラッチにも耐えるかの試験として,プラスチック片をゴリゴリとこすり続けてみたところ,1000回ほどこすってもまだ接触角は150度程度を維持していた.
さらに,強烈な水流(10気圧ぐらいの圧力で,128 mlの水を0.8秒で放出.およそ32.6 m/sの速度らしい)を表面にぶち当てる,という実験でも(41586_2020_2331_MOESM7_ESM.mov),既存のコーティング法で作った表面は撥水性が落ちているのに対し,今回の手法で作成した表面は十分な撥水性を維持している.
前述の通り,この手法はガラスの表面にも適用できる.ガラス板にこの手法を適用し,うっすらと曇ったぐらいの透明度のガラスを作り,剃刀やプラスチック片でこすっても十分な撥水性が維持される様子が動画として公開されている(41586_2020_2331_MOESM8_ESM.mov).

超撥水表面は結構弱いのが常識だったのだが,思った以上に強いものが作れるものである.(2020.6.9)