磁性とは

 

磁性と言って何を思い浮かべるでしょうか?
物性をやっている人間ならまだしも,それ以外の方が思い浮かべるのは いわゆる「磁石」ではないかと思います. 磁石は確かに磁性を示す物質=磁性体の一種ですが(狭義には磁石・Magnetというと強磁性体とフェリ磁性体 のみを指したりします),磁性体というのは必ずしもこういう「くっつく」ものだけではありません. 後ほど紹介いたしますが,磁場をかけてもあまり変化の無い反強磁性体や,強磁性体に 似ているんだけどその力がかなり弱い弱強磁性体など,いくつかの種類が存在します. 物質に磁場をかけると,その磁場への応答として物質自身も磁場を発生させます. 磁性とは,発生する磁場の強さや向きは問わずにそうやって物質が磁場を発生させる性質そのものと言って良いでしょう. このときの磁場を発生させる機構,強さなどにより磁性体の種類(呼び方)が変化するわけです.

では,これら磁性を発生させている起源は何なのでしょうか? 基本的に,磁性のほとんどは電子の運動によると考えて間違いありません.
 
*厳密に言えば原子核(その中の中性子や陽子)も磁性に寄与しますが,その質量が電子に比べ 約1/1000であることと,素粒子の磁性の大きさがおよそ質量の逆数に比例することから その寄与は通常無視できます. ただ,NMRなどの核磁気共鳴においてはこの核スピンの存在が重要となってきます.
 
さて,電子の運動には2種類存在します.スピンと軌道運動です. 軌道運動というのはいわば一般的に言う「運動」で,電子が空間中を移動することに 対応します.電荷を持った粒子が運動するわけですから,電磁石と同様,電流によって 誘起された磁場が発生します.ただ,この効果は通常は次のスピンによる磁場に比べ弱く,主役を演じることはあまりありません.
一方の「スピン」ですが,こちらはなんとも説明の難しい存在です. よく「電子の自転のようなもの」と書かれていたりしますが,厳密に言うと違います. 違いますが・・・じゃあ何だといわれるとスピンとしか答えようが無いのが困りもの. 古典物理には対応する存在が無いので,「まあそういう自転に似ているけどちょっと違う現象があるらしい」, 程度に思っていていただければ結構です.
 
*スピンは,Schrödinger方程式を解の自由度を増やし1階の微分方程式として書き直してやる(もちろんもう一回微分したときに元の方程式と一致するようにする)事で自然と出てきます. よく「相対論を取り入れると出てくる」とか書いてありますが,あれはDirac方程式にする段階で 1階の微分方程式に書き直していて,しかも途中で非相対論の極限をとっている(c → ∞)のであまり意味が.
 
まあ何はともあれこのスピン,こいつがあるため電子は動かなくてもそれ自身が磁性を持ちます. いわば,電子一つが棒磁石として振舞うわけです.

Spin

このスピンが通常の棒磁石と違う点は,取り得る向きが二種類しかない,ということでしょうか. 物質中では周囲との相互作用や外部磁場の影響を受けて,スピンの向きには一番安定な方向が出来ます.電子のスピンはこの一番安定な方向, もしくはその180o反対方向のいずれかを向くわけです. これは量子論で出てくる量子化によるものであり,このスピンが向ける軸方向を量子化軸(主軸)と呼びます.また,この際のスピンの向きを片方をアップ(↑),もう一方をダウン(↓)と呼びます.
 
*主軸方向に電子のスピンを観測すると,アップスピンなら毎回+1/2, ダウンスピンなら毎回-1/2の値を得ます.一方,主軸と直行する方向にスピンの向きを測定すると, スピンは測定のたびにランダムに+1/2か-1/2をとります. これは古典力学での主軸周りの歳差運動に似ていますが,より本質的な量子論的現象です.
 
物質中には電子が沢山ある,つまりこの棒磁石が多量にあるわけですが,大部分の電子のスピンは 磁性に寄与しません.これは外殻の電子以外は,原子中で同じ軌道に2つの電子がアップ とダウンで入り(↑↓)閉核構造となっており,互いのスピンを打ち消してしまっているためです. また外殻の電子であっても,通常の化学結合での結合に寄与しているとアップとダウンの組で結合を 作っているため,磁性には寄与しません.このため大部分の物質(特に有機物)はほとんど磁性をもたないことになります.
Spin
結合による磁性の消滅.水素原子は価電子によるスピンを持つが, 2つ結合し水素分子になると電子のスピンは打ち消しあい磁性が無くなる.

例外としては,ラジカル分子(電子数が奇数のものが多い)や酸素分子(HOMOが縮退しており, 二つの軌道に2個の電子がフントの規則を満たして入るためスピンが打ち消されない),結合にほとんど関与しない 縮退したdf 軌道を持つ遷移金属元素やランタノイド,アクチノイドを含む物質などであり, いわゆる磁性体はほとんどこれらから出来ています.