磁性の測定手段

 

さて,一言に「磁性の測定」と言っても,その中のどんな特性を測定するのか,ということがまず問題です.磁性に関連した物理量はちょっと思いつくだけでも以下のように多彩なものがあります.

  • 直流磁化(静磁化率)
  • 物質に磁場をかけた際に,どの程度の磁化が生じるのか,ということを測定すします(自発磁化がある系なら磁場をかけなくても自発磁化の量が測定される).代表的な測定装置としてはSQUIDやVSM.また,磁気転移よりも上の温度(スピンが自由に回転できる温度)であればESRのピーク強度からも磁化を求めることが可能です.

  • 交流磁化(交流磁化率)
  • 物質に交流磁場をかけて磁化を測定することで,磁場に追従して動く成分(磁化)と90°遅れて動く成分(吸収成分)とを測定できます.また周波数を変えながら測定することで,それらのスピンがどの程度の速度で運動できるのか(高い周波数になると,スピンが追従しなくなる)と言うことも測定することがかのうです.

  • g値,スピン緩和時間
  • これらは異なる物理量ではありますが,測定手段がESRとひとくくりに出来ることからまとめてしまいます.通常の磁化率の測定が系中に含まれるスピンの総和を一気に測ってしまうのに対し,ESRを使えば異なるスピンを分離して測定することも可能です.これはESRにおいてはg値の異なるスピンは違う位置にピークが現れることに由来しています.このg値はスピンが自由電子のスピンからどのぐらいずれているか,というパラメータでもあり,軌道各運動量などが混じることで遷移金属元素などで大きな値,しかも主軸の方向ごとに値が大きく異なるものとなります.注意点としては,先ほど異なるスピンは分離できると書きましたが,異なるスピンでも両者の間の相互作用がある程度強くなると(数Kの相互作用はESR的には強い,と見なせます)両スピンが一体となって応答してしまうため,一つのピークに融合して分離が出来なくなる,という点は注意が必要です.またESRにおいては,線幅がスピンの緩和時間の逆数に比例します.そのため,相互作用が効いてスピンが固まってくると線幅の急速な増大(そして発散)が起こります.そのため線幅からスピンの緩和時間(格子系への緩和時間とスピン系への緩和時間の二つから決まる)を求めることも可能です.

  • 磁気比熱
  • スピンが揃うと言うことはそれに応じたエントロピーの減少が起こると言うことですから,比熱からどんな大きさのスピンがどのような揃い方をしたのか,という点に関する情報が得られます.例えば短距離秩序の発達では徐々にエントロピーが解放されるため,ブロードな山を持った比熱が観測される,などです.また比熱の積分値は前述の通り解放されたエントロピー分に比例するため,例えば自由度の一部だけが失われるような転移であればそれ相応に小さいピークがかんそくされます.さらに比熱を異なる磁場中での温度変化を用いて測定すれば,ある磁場以上で現れる相の秩序化に関する情報が得られるなど,応用も利くわけです.ただし,測定される比熱には格子系のエントロピーや磁気異方性に関するエネルギーなど,単なるスピン配列以外の情報もまとめて加算されるため,それらの分離をきちんとやらないとおかしな結果となってしまいます.

  • 磁気異方性
  • 単純には,ある温度での弱磁場中での磁化を,結晶の角度を変えながら測定していけば異方性的に一番向きやすい方向で磁化が一番大きくる事を使って測定できます.どの程度その方向を向きやすいのか(その軸と,それに直交する軸とでの磁化の差)から異方性の方向だけではなくその大きさまでわかるわけです.しかしながら,きっちり異方性を決めようと思えばある面内だけでなく,3次元的な回転の各方向に関して測定してやらなくてはなりません(主軸は3軸であり,この方向で測定するならば3方向測定すれば良いのだが,主軸の位置を決めるのが必ずしも容易ではないため).これはなかなか大変であるため,通常は結晶軸を基準に対称性などから3軸を選んで主軸と仮定していることが多くなります(ただし,本当は結晶をぐるぐる回してきちんと主軸を決めてやる必要あり).
    磁気トルクを測定するための専用の測定装置としては磁気トルク計があります.例えばうまくエッチングにより加工されたSiなどの薄板(この上に試料を乗せる)の根本の部分を歪み計として用います(応力がかかると抵抗が変化し,それを検出する).ここに磁場をかけると,試料に磁化が誘起されますが,磁場の向きが主軸の向きと異なっているとスピン若干主軸の方向に向いたものとなり,かけている磁場とある角度を成します.磁化は磁場と平行になった方が安定ですから,この場合ねじれ力が発生するわけです.これが結晶の乗っているSiなどの台をねじれさせる力として働き,それを歪み計を使って検出することでねじれの方向(ベクトル)と力が検出できるため,容易軸がどの方向にあるのか,ということと,異方性の強さが検出できます.ただしこの場合も結晶を回転させる必要はあります.

  • 磁歪
  • スピン間の相互作用は,距離に依存し,通常は距離が近い方が強くなります.ということは,磁気相転移などでスピンが整列している系では,構成要素を近づけてスピン-スピン間の距離を短くしよう(=エネルギー的にもっと低くなろう)とする力が働くわけで,これが結晶全体を歪ませる磁歪を引き起こします.ただし,分子性磁性体ではこれはあまり測定されない……と思います.

  • 磁区の観察・運動
  • これもあまり分子性磁性体では測定されませんが,古典的な磁性材料ではよく測定されます.鉄などの強磁性体では,微視的にはスピンが同じ方向に揃っているものの,バルクな物体全体ではいくつかの磁区に分かれ,外部へ漏れる磁場が出来るだけ少ない構造をとろうとします(エネルギーを低くするため).こういった系において磁区がどのような形状をしているのか,また磁場などをかけた際にその磁区同士の境界(磁壁)がどう動いていくのか,というのは,磁性材料の実用上は非常に重要なデータとなります.まあ,分子性磁性体ではあまり関係ないのですが.

  • 磁気光学効果(ファラデー効果,カー効果等)
  • これらは,磁化の存在により円偏光の右回りと左回りに対する吸収率や屈折率が異なる事に由来して偏光面の回転や円偏光の楕円偏光化などが起きるような効果です.そもそもの起源は,スピン-軌道カップリングなどにより方向とスピンがカップルし,それによって電子励起のエネルギーや遷移確率がスピン(磁化)の向きと円偏光との角度に依存するようになるところにあります.これらを測定するには例えば磁場中にサンプルを入れ,そこに円偏光を導入し,サンプルを抜けてくる(または反射してくる)光を測定する,などの手法が用いられます.

こういった測定の中で,磁性体の研究で最も使われるのはやはり磁化(磁化率)の測定でしょう.特に静磁化率は基本中の基本で,新規磁性体を作ってこれを測らないと言うことはまずあり得ません.次によく測るのはESRを用いたg値や緩和時間でしょうか.転移の詳細を見たい,という場合には比熱を使って次元性やどのスピンなどのタイミングで転移しているのか,などを見ますし,超常磁性や単分子磁石/単鎖磁石などのように転移ではないが動的にブロッキングする系を調べるには交流磁化を測定します.磁気光学効果は,磁性と光物性の相関を見ている人はよく測りますが,それ以外の人はあまり触れることはありません.異方性に関しては,物性をきちっと決めるために主軸を確定したい,という場合に使うこともあります.磁区や磁歪に関しては,まあ少なくとも分子性磁性体をやる人はあまり行うことはないでしょう.