電流反転,ツイストペア

 

引き続き,実際の実験系で問題になりがちな要因について書いていきたいと思います.
回路図で書けば簡単な測定系であっても,実際の実験上はいくつものコネクタ(接点) を経由しているはずです.まずサンプルとの接合部があり,そこから引き出した線が クライオスタットなどのジョイントを通り,ターミナルボックス等を経て測定器に 繋がっている,などです. さてこのとき,接続される線が接点の前後で異なる材質だとどうなるか,ということを 考える必要があります.極端な話,接点の前がアルメル,後方がクロメル.これを接合 すれば,そのまま熱電対なわけです.
金属中の伝導電子の化学ポテンシャルは温度によって変わります.さらにその温度依存性は 金属の種類ごとに異なるため,2種類の金属を接合すると,その部位に電位差が生じます. 例えば,下図のような簡単な系を考えます.

測定装置から2本の端子が出ており,そこから異なる金属に二か所の接点で結合,そのまま サンプルに接続しています. 接点1,2の温度が等しくT1の場合,その温度差により生じる起電力は大きさは等しく, 電流の流れに対する向きは逆になります.これは電流が金属1→金属2,金属2→金属1へと 流れるため,それぞれの接点での方向性が逆になるためです. この場合,接点のところが何度であろうとも,熱起電力は測定に影響を及ぼしません. ところがここで接点1と2が異なる温度だったとしてみましょう.

この場合,接点の温度が異なりますから,生じる熱起電力も二か所の接点で異なったものと なり,測定のために印加している電圧にプラスして,接点で生じる電圧V1-V2が加算されてしまうことに なります.実際にかかっている電圧と,かけていると思っている電圧が異なるわけですから, 測定結果は実際の値からずれることになってしまいます.

そこでこのような熱起電力の寄与を無くす簡単な測定法として,電流を反転させてその平均を とる,ということがよく行われます. まず通常通り電圧をかけると,実際にかかっている電圧は(V+V1-V2)となります. このときサンプル抵抗Rに流れる電流I1=(V+V1-V2)/Rと書き表されます. 続いて印加電圧を反転させると,実際にかかる電圧は(-V+V1-V2)であり,電流I2=(-V+V1-V2)/R です.両者の平均をとれば,(I1-I2)/2=((V+V1-V2)-(-V+V1-V2))/2R=V/Rとなり,熱起電力の 寄与を消すことができるわけです.

ただし,これで熱起電力がきっちり消せるのは電流反転の間で生じている熱起電力が変化しない, という条件の場合だけです.接点の温度が時間変化している場合,最初の順方向測定の時の 熱起電力V1,V2と,逆方向測定の時の熱起電力V1',V2'が異なってきます. この時間変化分は消せないため,例え電流反転を行って測定していたとしても熱起電力の 寄与が残ってきてしまうわけです. そのため,そもそもの熱起電力ができる限り生じないようにするのも重要です. たとえば接点1と2を熱浴につけて同じ温度にする,接点を熱絶縁体でくるんで温度の 時間変化を小さくする,などが効果的です.たとえば接点にエアコンの風があたっている ような場合など,綿でくるんで,電流反転で測定してやるだけでデータの質が格段に良くなります.
クライオスタットなどで低温部に突っ込む部分も,冷却と上部からの熱流入とのバランスで 思わぬ温度差が付き,内部のはんだ付けの部分などで変な熱起電力が乗る場合がありますので, 対応する接点同士を熱浴でつなぐなど十分な対策が必要です. それと同種金属の接合だから大丈夫,と思っていると,金属表面が酸化しているために実際には 金属-酸化物-金属という二段の接合になっていて,両者の間の微妙な温度差で熱起電力が乗る 事もあります.この場合温度差は小さいのですが,金属-酸化物間の熱起は金属-金属間のそれに 比べ数百から千倍程度大きくなるため,無視できない大きさとなることがあります. また,測定機器自体も微妙にオフセットが乗っていたりしますので,それらを消す意味でも 電流反転は可能ならば導入するべきだと思います.

続いてもう一つの話題,ツイストペアによるノイズ対策です.
サンプルを測定するリード線は電流の行きと帰りの経路がありますから,全体で大きなループと なっています.環境中には地磁気を筆頭とする静磁場が存在しますから,このループの大きさが 変わると誘導起電力が発生し,測定に影響を与えます. 特に長めの線で引き回している場合,ループの面積が大きくなる上,垂れ下った線が揺れる だけでループ面積が大きく変わるためにノイズとしての影響が大きくなります.
この場合,リード線を行きと帰りでペアにしてねじってツイストペアにしてやれば,行きと帰りの 線が隣接することでループ面積が減るとともに,一回ねじられるごとにループに対する磁場の 方向が反転するため,誘導起電力が交互に相殺しあって実効的な誘導起電力の発生を抑えることが 可能となります. ただし,highとlowが近くで長距離接するわけですから,両者の間のキャパシタンスはかなり増え, 場合によってはリーク電流も増大する可能性がありますので,シールド,ガードなどをしっかり 行うことも重要となってきます. またツイストペアの有無にかかわらず,ケーブルが揺れると被覆と導線との間の摩擦により電荷が 発生したり,周囲とのキャパシタンスの変化によって瞬間的に微量な電流が流れたりしますので, ケーブルはどんな場合でもしっかり固定し,動かないようにすることも必要です.