アセチリド錯体(M-C≡C-R,R1C≡C-M-C≡C-R2)は金属 原子と共に強い還元力を持つエチニルアニオンを含んでいます.そのためこれら錯体に熱や加え たり光を照射すると金属原子が還元され,金属ナノ粒子が生成します. ということは,アセチリド錯体で何らかのナノ構造を作っておいて,それを加熱/光照射するだけで そのナノ構造の外形を保ったままナノ粒子の集合体へと変換できる可能性があると考えられます.
さて,どのような形状のナノ粒子集合体を作ると一番面白いのか,ということになりますが,
2次元(シート状)や3次元(塊状)のナノ粒子集合体は比較的容易に作成可能です.
例えば液液界面や固液界面,さらには単に基板上ににナノ粒子を集積すれば必ずシート状に
なりますし,ナノ粒子はその丸っこい形状から相互作用は等方的なので,多量に集積すれば
3次元です.ところが1次元状の集合体(ナノ粒子からなるワイヤ状構造)は,このナノ粒子の
等方的な相互作用が災いして,油断するとすぐ横方向にも粒子が集積して広がってしまいます.
しかしながらこの手法は,テンプレートを用意しそこに粒子を集積するという手間のかかる 方法です.もっと簡単に,ワンステップでナノ粒子の1次元配列を得る手法があればかなり 便利になるはずです. また,ナノ粒子を集積する,という手法であるがゆえに,過剰集積した場所や逆に粒子が存在 しない場所が生じ得るため,均一な1次元配列を得るのはなかなか難しいという欠点もあります.
そこでこれらの問題を解決する手段として,金属アセチリドの1次元構造をあらかじめ作っておき,
これを分解することでナノ粒子列に変換してしまおうと考えました.[1]
本手法を実証する上で残る問題はナノワイヤ化するアセチリド錯体を見つけ出す,という点です. これに関しては,銀フェニルアセチリド(Ag-C≡C-Ph)がいかにも1次元構造をとりそうな 結晶構造(下図)である事が報告[2]されていますので,これを試してみることとしました.
ところがこの物質,作ってみるとサブミクロンのナノロッドにはなるのですが,ナノワイヤと
しては成長してくれません.しかし結晶構造は見れば見るほど1次元に伸びそうですから,
なんとか再結晶してやればナノワイヤになるはずだと確信していました.
ここで問題となるのはは,銀アセチリドはどんな溶媒にも不溶であり,まっとうな手段では
再結晶する事が出来ない,という点です. 再結晶後の銀フェニルアセチリドがこちらです.きれいなナノワイヤとして得られています. 再結晶だということは,条件を変えれば結晶サイズが変わる事はよくある話です. そこで希釈溶媒を変えてやると,見事にナノワイヤの径を制御することに成功しました. このとき,ナノワイヤの長さはおおよそ径の30-40倍程度,ただしアセトニトリルを用いた場合 には径が50nm程度なのに対し,長さは数十から数百μmと非常に長いワイヤが得られます. (これはアセトニトリルが銀に配位する効果が効いているのではないかと思いますが,詳細は 不明です) さて,それではいよいよ本当の目標,このナノワイヤの分解によるナノ粒子列の作成です. 得られたナノワイヤに対し超高圧水銀灯により紫外線を照射すると,目論見通り銀ナノ粒子の 1次元配列へと変換することができました.この際,最初のナノワイヤの径を太いものにすれば 出来あがる配列も太く,逆に細いものを用いれば細いナノ粒子配列が得られます. 粒子間は主にフェニルアセチレンの二量化したdiphenylbutadiyne(と,紫外光の照射時間が 長くなるとそのオリゴマー,ポリマー)からできています.そのため,biphenylbutadiyneが 昇華する温度である160oC以上に真空中で上げてやればほぼ銀ナノ粒子のみからなる 一次元配列として基板上に固定することも可能です.
[1] J. Nishijo et al., Chemistry of Materials, 2007 19, 4627. |