定電流電源をでっち上げる

 

有機導体の結晶を作る際に,定電流による電解を用いることが多々あります.通常はH字型のセルに溶液を入れ,Hの片方にドナー分子,反対側にアニオン分子を入れ,上から白金電極を突っ込んで電気分解をするわけです.流す電流は場合にもよりますがだいたい0.1から1μA弱程度.電圧がまあ2Vを超えない範囲ぐらいで,あまり電流量が大きいと結晶が汚くなりがちですし,かといって電流が小さすぎれば結晶がなかなか出てこない,とそのあたりを勘案しながら適当に電流を決めています.
さてしかし,こういった微少電流での定電流源を買おうとすると意外に高い.数十万円ふんだくられたりもするわけです.そこで皆さんだいたい手作りで作ることになります.私自身,一時期遠ざかっていた有機導体系の研究でもまたちょっと始めてみようかな,と思いまして,適当に定電流源を作ってみることにしました.まあいい加減な作りなんですが,記念にここに作り方を公開.なお,工作前の回路のテストにはリニアテクノロジーが無料で配布している電子回路シミュレータのLTSpiceが便利です.

全体の回路はこんな感じです.

一番左にDC9Vの電源を突っ込みます.とりあえず秋月のACアダプタを想定しています.ただ,ある程度電流が流れないとどうも安定しないようなので,入ってすぐに1kΩの抵抗R7を使って,最低限の電流を消費するようにしています.ACアダプタではなくもうちょっとまともに直流電圧源を作って取り付ける場合は不要ですね.トランスで電圧を落として,ダイオードとコンデンサ等で整流,三端子レギュレータで一定電圧に落としてやるのが正統派かも知れません.

次の段ではまず500ΩのR1で電流をある程度制限.もうちょっと下で電圧を6Vに落としているのですが,そのための抵抗として,また何か変な動作をしても電流がある程度制限されるように入れているものです.そして100ΩのR8を介して2200μFの電解コンデンサをノイズ対策兼TL431の発振対策で入れています.今回電源に使っているのがスイッチング電源使用のACアダプタですので,ある程度のスイッチングノイズが乗ってきます.そこでまあ簡単なローパスフィルタとしてコンデンサを入れて,余計なノイズをグラウンド側に落としています.ちゃんとしたい場合はもっとまともなフィルタ回路を作るのが吉.また,別の箇所に入っているTL431は中途半端な容量負荷がぶら下がっていると発振するようですので,ここに大きな容量を入れてやって発振防止に,という役割もあります.

隣にいるのがTL431を使った定電圧回路です.TL431はRef-Anode間=R3にかかる電圧が2.497Vになります.またRefを通しての電流はかなり小さいことから,R2に流れる電流とR3に流れる電流が等しいと見なせます.ここから,R2にかかる電圧は2.497V*68k/47k = 3.61V,よってTL431のカソード-アノード(=グランド)間の電圧は2.497+3.61 = 6.1Vとなります.実際のところ,TL431はそれなりにノイジーな素子ですので,このR2-R3-TL431からなる定電圧回路のかわりに,ツェナーダイオード一個で定電圧を作ってしまう方がましかも知れません.また,ACアダプタ自体最近は安定化回路込みで作られているため,最初から6-7VぐらいのACアダプタを使えばやっぱりこの部分は不要かも.ACアダプタを使わずにまともな安定化電源を別途作って繋いでいる場合にももちろん不要です.

ここから先が実際の定電流を作る回路になります.2回路同じものが書いてあるのは,今回使っているオペアンプがLM358で一つのチップ内に2回路入っているため.これを使って1回路しか組まないともったいないなあということで2回路同じものが並列になっています.まあ,これ以前の回路(左半分)は単に定電圧電源として使っているだけですので,右側の実際に定電流を出力する部分はいくらでも並列にすれば良いのですが(ただしR1などで最大電流が制限されるので,多数パラレルに接続するときはR1を小さくしてやる必要有り).

仕組みは単純です.まず,電流が47kΩのR4と可変抵抗(0-10kΩ)を通ってグランドに落ちるため,その間の点の電位を0から6.1V*10kΩ/(47kΩ+10kΩ) = 1.07Vの間で変えることが出来ます.この電位はオペアンプ(LM358)の非反転入力に繋がれています.一方,実際に電解に使われる電流は1MΩのR_monitorを通り,続いて実際の電解用Hセル(ここの抵抗がH-tube,とりあえず1MΩと置いている)を通り,NチャンネルMOS-FETのFDS5680で電流量を制御された後1MΩのR6を通ってグランドに流れていきます.FDS5680のゲートは10kΩの抵抗を介してオペアンプの出力端子に繋げられ,またR6手前の電位がオペアンプの反転入力端子に入力されます.オペアンプは反転入力端子と非反転入力端子の電位を比較し,反転入力端子,つまりR6手前の電位が低い(=R6に流れる電流が小さい)場合には出力の電位を上げます.するとMOS-FETのゲート電位が上がり,MOS-FETを流れる電流が増え,結果R6を流れる電流が増えることでR6上部(=反転入力端子)の電位が上がり非反転入力端子と電位が一致したところで安定します.また,今回使用しているMOS-FETのFDS5680は漏れ電流が少ないため,R6を流れる電流はR_MonitorやHセルを流れる電流とほぼ等しくなり,オペアンプとFDS5680の働きによって同時にコントロールされています.

実際に使用しているときの動作ですが,電解中にHセルの抵抗値が変化します.例えばHセルの抵抗が減ったとしましょう.すると

  • R6を流れる電流が増大する.
  • 抵抗に流れる電流が大きくなるわけだから,R6上部の電位(=オペアンプの反転入力端子の電位)が上がる.
  • オペアンプの出力電位が下がる.
  • MOS-FETを電流が流れにくくなり,電流値が下がる
  • 最初の設定値と電流が等しくなると,R6上部の電位が最初の設定時の電位と等しくなり,安定
となり,電解中にHセルの抵抗が変化しても流れる電流を一定に保つ定電流電源になっていることがわかります.
一方,可変抵抗が大きくなるように変化させたときの動作を順に書けば,
  • 可変抵抗の値が増え,オペアンプの非反転入力端子の電位が上がる.
  • オペアンプの出力電位=MOS-FETのゲート電位が上がり,流れる電流が増える.
  • R6を流れる電流(=Hセルを流れる電流)が増え,ある値になったところで安定.
という動作になり,可変抵抗の値を振ることでHセルを流れる電流を変えることが出来るわけです.今回の例で言えば可変抵抗を振ることで反転入力端子の電位=最終的なR6上部の電位を0から1.07Vの間で振れるわけですから,R6上部の電位も同じく0-1.07Vの間で変化させることが出来ます.R6は今1MΩですから,電流としては0から1.07μAの間で設定できるわけです.なお,出力と並列に入っている10μFのコンデンサはノイズ除去のためです.流す電流がかなり小さいため,外来のノイズによって電圧にかなりの揺れが生じてしまいます.そこでここに並列にコンデンサを入れ,そういったノイズの影響を平滑化して取り除くわけです.ただ,10μFですとコンデンサに電荷が貯まり安定するまでそれなりに時間がかかります.

実際の使用においては,R_monitorの両端から端子を引き出し両端の電位差を見ることでHセルに流れている電流を知ることが出来ます.近似としてはR_monitorを入れずにR6両端の電位で見ても良いのですが,実際にはMOS-FETやオペアンプから微量の電流が流れ込むため,これらの素子より上にR_monitorを入れて見てやった方が正確になります.今回の設計ですと,0.02μAぐらいはズレが出るようです.また電圧に関してはHセルに並列に端子を引き出して電圧計でモニタすることが可能です.MOS-FETに関しては必ずしもFDS5680である必要は無いのですが,ゲート電圧が低い場合でのドレイン-ソース電流が十分小さいものを選ばないと,ある一定値以下に電流を絞れなくなります.0.1μA程度流れてしまう素子もかなりありますので,注意が必要です.
なお,通常のデジタルテスターは内部抵抗が10MΩ程度だったりしますので,1MΩのR_monitorにかかっている電圧を測定しようとすると1割程度電圧が下がってしまいます(本来の1MΩの抵抗に,一時的に10MΩの抵抗が並列に接続されるので合成抵抗が下がり,かかる電圧が低くなる).このため流れている電流を正確に測定しようと思うならばテスターの内部抵抗分を補正するか,もっと内部抵抗の高い電圧計を用いるか,R_monitorの抵抗値をもっと低いものに変えるか(ただしかかる電圧が低くなり測定精度がもっと必要になる),といった事を考えないといけなくなります.ボルテージフォロアか何かを組み込んでモニターする部分を切り離してやるのも良いかも知れません.

4出力のものを実際に作ってみた際の回路図と配線図はこちら(PDF).動けばいいやと作ったのでスペース等に無駄が多かったりします.また,電解セルを途中で一時取り出したりといった際に本体側に影響が無いように並列でバイパス抵抗を入れてあります(電解時はスイッチで切り離して使用).実物も中身は結構ひどいことになっていて,


とまあ,ごちゃごちゃですね.これでも一応オシロでノイズレベルなどは測定していて,問題なさそうなレベルになっています.ノイズに関しては,最初はスイッチング電源のACアダプタの影響が大きいかと思っていたのですが,実際にはケースや外部に引き出しているケーブル部分が外来ノイズを拾う影響の方が何桁も大きく,ACアダプタ部分に関してはほぼ無視できました.

せっかくですので,ついでに電極とHセルの作成に関しても書いておきます.通常使う電極はこのような構造です.

6mm径のガラス管の中にニッケル棒があり,一端が接着剤で固定されています.ここから上に突き出た部分を定電流電源に繋ぎ電解を行います.逆側の端に向かう途中でニッケルに白金線が溶接してあり,ガラスが閉じられた中を白金線だけ突き抜ける形になっています.そしてさらに先である程度の太さ(1-2mm径ぐらい)の白金棒を溶接してあり,この部分が実際に溶液内に漬かって電極として働きます.
さて,この構造はHセル内に入る部分が全て白金とガラスという不活性なものである点はよいのですが,意外に作るのが面倒ですし,ガラスに白金線を通して封じてもらうのは業者に頼まないとなかなかきれいにはいきません.そんなわけで,多少いい加減でもいいや,と言う場合はこんな構造でも作れます.

まず,6mm径のSUSなどの棒を用意します.一方の先端にドリルで穴を開け,1mm径ぐらいの白金線を突っ込みます.そしてその部分をハンダ付けで強引に固定.これを電極として使うことも可能です.もちろん,ハンダやSUSは腐食される可能性がありますので溶液につけてはいけませんし,溶媒などの蒸気で次第にやられてくる可能性もあります.が,意外にこんないい加減なものでも結晶は結構生えてきます.まあ,溶液中に直接触れている部分は白金だけですしね.
そして電解に使うHセルの構造はこうです.

ガラス管を繋いで,間に1箇所ガラスフィルタが入っています.上部で左右を連結している部分は,右と左の圧力平衡管で特に無いなら無いでもそれほど困らないと思います.左右の管の上部は15/25のスリです.一方の管にアニオン兼電解質,もう一方にドナー分子を入れたら,溶液を注ぎ,左右双方の管の上部にテフロン製の温度計アダプタを取り付け,6mm径の電極を固定します.後は定電流電源から電流を流して数日から数週間放っておけば,運が良ければ結晶を得ることが出来ます.