分子性磁性体は色々な面白い物性を示したり,分子の設計性により様々なバリエーションが作れるという長所がある一方,分子間での相互作用=スピン間での相互作用が弱く転移温度が低いという弱点を持っています.この弱点を克服できる方法の一つが,「平板状の分子を使う」というものです.板状の分子であれば,積み重なった結晶構造をとることでスピン間が近くなり,相互作用が強くなることが期待されます. 作成した物質は[CuCyclam][Ni(bdt)2]2.+2価でS = 1/2のスピンをもつ[CuCyclam]2+と-1価で同じくS = 1/2のスピンをもつ[Ni(bdt)2]-が1:2で含まれる結晶です.
[CuCyclam]2+(左)と[Ni(bdt)2]-(右)の構造
[CuCyclam]2+はいくつかの磁性結晶の構成要素として使われていたりもするのですが,アセトニトリルのような配位能の高い溶媒を使用するとそれらの溶媒がCu2+に軸配位してしまい,分子の積層を阻害します.そこで今回は溶媒としてMeOHとEtOHの混合溶媒を使用し,結晶を作成しました.
結晶中では[CuCyclam]+と[Ni(bdt)2]-(のうちの1分子)が交互積層型の1次元鎖を作り,鎖間にもう一つの[Ni(bdt)2]-が挟まったような構造をとっています.鎖内での分子間距離はそこそこ短そうに見えますが,Cu-Sで3.67 Å,NH-Sで3.59 Å程度と「遠くはないけど,そこまで近いとも言いがたい」という微妙な距離です.構造から推察すると,磁気的には「S = 1/2の反強磁性鎖がS = 1/2のスピンで架橋されたフェリ磁性体シートを作り,それがシート間で弱く反強磁性的に結びついて反強磁性体(メタ磁性体)になっている」という物質だと思われます.
磁気的には予想されたとおりの挙動(フェリシートが反強磁性的にカップル)できれいにフィッティングできるのですが,驚くべきはS = 1/2の反強磁性鎖内に働いている相互作用の強さです.フィッティングから見積もると,1次元反強磁性鎖内のCuCyclam]+と[Ni(bdt)2]-の間には,2J / kB = -66 Kにも及ぶ非常に強い反強磁性相互作用が働いていることが明らかとなりました.距離的にはそんなに近くないはずの分子間に何故これほど強い相互作用が働くのかは謎ですが,これまで磁性分子としてはあまり注目されてこなかった[CuCyclam]2+が分子性磁性体の構成要素としてかなり有望である事が判明したわけです. |